「本日の連絡は以上です」
すっかり日常の一部となったカルルさんからの定期連絡を受ける。カルルさんが会社に来てからはすっかりお馴染みとなった。おかげで頭の中を整理するのにずいぶん役立っているし、その分違う事を考えられるようになって作業効率が上がった。
「ドタキャンはひどいですね。以降注文を受けないようにしなければいけません」
今日の報告の中で重要視するべきなのは1件。比較的大口の注文が引渡日が過ぎても受け取りに現れず在庫になってしまった事だ。これまでも無かったわけではないパターンだけどやはり単純に在庫になってしまうのは会社としてダメージが大きい。
「そうだね、注文に来た人の名前と人相をグレースとランドウに共有しておいて」
「既に共有済みです。あ、それとこちらが届いていました」
カルルさんは思い出したように封書を取り出してボクのデスクにおいた。
宛名は……ムクロからだった。
最近はお互い出入りが激しいからかしっかりと顔は合わせていないけれど、こうして何かが届くという事は何か用事がある時だ。
戻ってきた際の書き置きではなく封書であるという点が引っ掛かる。こういう時の内容は緊急性が高い場合が多い。
ボクは封を開くとその内容に目を通した。タイミングを見計らったばかりの内容に思わずボクはクスッと笑ってしまった。
「カルルさん、さっきの在庫になった物のリストを出してくれる?」
「はい?分かりました」
ボクの反応と指示に首を傾げながら部屋から出ていった。
注文の内容次第ではあるけれどこれで在庫の問題とムクロからのお願いを同時に叶えられそうだ。
そう思いながらムクロからの「お願い」に対しての返事を書き始めた。
世の中捨てたもんじゃない。初めてそんな風に思ったかもしれない。
私は与えられた少し使い込まれた服に着替えながらそんな風に考えていた。
今の私の立場を考えれば十分以上に上等な服装だ。そのなりはまさに街を行き交う商人である。
意図的にそのような服装を用意したのだと私なんかでも理解できた。
「それで、私は何を売ればいいんだい?」
着替えを終えると私が着替えるのを待っている間手紙に目を通していた相手に目を向ける。私と同じアウラ族だ。それは間違いない。顔こそ隠してはいるが見ず知らずの私が相手でも信用する条件として求めたら外して見せた。それが彼女、ムクロをある程度信用した理由でもある。
私の言葉に顔を上げこちらを向いたムクロはゆっくりと首を横に振った。
てっきりこの服装でそうだと思ったのだけどどうやら違うらしい。
ここに来るまでに口数の少なさは理解しているのだけどせめてもう少し言葉にしてほしいと思った。
アジムステップに住む、言葉を嘘の源としてその行動で示してみせるケスティル族に比べればまだ喋ってはくれるが思わずケスティル族と比べてしまうレベルで無口である。
「それじゃあ、一体何を?」
私の疑問にもムクロは口を開く事はなかった。代わり私に背を向けてゆっくり歩きだす。私の方を何度か確認するあたりどうやら付いてこいという事のようだ。
今更悩んでも仕方ない。もう命を預けてしまったのだ。
最悪の場合は逃げ出してしまえば良い。
今の所、服を与えてもらったり食事の世話をされたりとこちらにメリットはあってもデメリットのある事はない。まぁ餌を与えて信用させているだけという可能性もあるけど……
そんな風に考えながら私はムクロの後に続いた。
ムクロについて辿り着いた場所は市場のような場所だった。
先程何かを売るわけではないと示したと思ったが私の勘違いでやっぱり商人をさせるつもりなんだろうか。
ムクロは市場の中に入る事なく、その隅で足を止めた。買い物をするというわけでも無いらしい。
私が怪訝そうな顔を向けてどう声をかけるかと考えているとムクロはそんな私の思いを察したように口の前に指を立てる。何も言うなという事だと言うのは分かるけど結局どういう事なんだろうか。
「……聞いて」
ようやく口を開いたムクロは短くそう言う。説明というにはあまりにも短い内容に私はその指示に従うしかなかった。
「おや、いらっしゃい」
「こんちはー」
耳に聞こえるのは一番近くの市場の店員とお客らしい物の声だけだ。この会話を聞いていればいいんだろうか?少し覗き込んでみると店員の方は私と同じアウラ族だった。
エオルゼアにもそこそこに増えているとは耳にしていたけれどその大多数は冒険者になっていると聞く。私も何も無ければそうなるしかないかなと考えていたのだが古参も多いだろう商人をしているというのは珍しいのではないだろうか。
それでもお客のヒューラン族の男も物珍しい感じで接していない所を見ると馴染んではいるんだろう。
「最近どうだい?」
「ボチボチだな。相変わらずペット探しとかそんなのばっかり」
「それは平和で何よりだ」
2人の会話の内容にも耳を傾けてみるけど何か重要な会話をしているようには思えない。ムクロの方を確認するけどそれでも2人の会話に耳を傾けているようで、相手は間違っていないのだとは分かる。
「お金があるならたまには食料以外も買っていかないか?これなんかどうだ」
「それは……やめとく」
「歯切れ悪いな。なんかあるのか?」
「あんたに言うのはなんだけど最近いい話聞かないんだ、それ作ってるとこの」
「そうなのかい?けっこういいもんだと思うけどな。そういう事ならあんまり推すのは控えるか」
「それがいいかもな。とりあえず俺はやめとくよ」
ヒューラン族の男はそれ以上何かを売られないようにと足早にその商人の前から去っていった。とりとめない売り手と買い手の会話過ぎてどこに注目すればいいのか全然分からない。
私はムクロの方を改めて確認する。
何か考えるようにしているが、一体今の会話の中のどこに考えるような要素があったんだろう。思い返してみてもただの商人とお客の会話にしか思えなかった。
ムクロは考えるのをやめたかと思うと私の方を見た。いくら見られても私には何も分からない事しかないんだけど。困惑しているとムクロは先程の商人の方に指を指した。私に行けと言っているのだろうか。
行くのは構わないのだけど私は何をすればいいんだろう。何かを買ってくるにしても私はお金を持ってないし、それはムクロだって把握しているはず。第一言葉にしないまでもせめてメモにでもしてくれなければ何を買えばいいかも分からない。
困惑している私を他所にムクロはそれ以上何をするでもなく言葉を発する事もない。とりあえず行くしか私には選択肢がないらしい。
…………やっぱり付いてくる人間違えたのかもしれない。
意を決して私は市場の中を商人の元に進んだ。
結局お金も無ければ買うものも分からない。商人からすれば冷やかしそのもの。まさか冷やかしをしてこいって事でもないだろう。
商人の元への距離は大した距離ではない。考えがまとまる暇はなく目の前まで到着してしまった。
「……いらっしゃい」
商人も私を見て少し驚いたようにしてから言葉を発した。同じアウラ族だとは言っても面識があるわけではないし、どうすればいいんだろう。私はただただ困惑するしかない。
商人の男はそんな私の無言をどう受け取ったのか頭を抱えたかと思うと言葉を続けた。
「すまないね、お嬢ちゃん。今日はもう店じまいにしようと思ってた所だ。買い物なら他所に行ってくれるかい?」
ていよく買い物をする事を断られた。直感で私はそう感じた。私としてはこれで理由を付けて戻る事ができるんだけどこれでいいんだろうか。
「す、すみません」
私は商人に頭を下げると足早にムクロが待つ場所に駆けた。本当に何をすれば良かったのか分からなすぎる。
私が戻るとムクロは何も言わずに歩き始める。もう、本当になんなんだろう。
ムクロは市場から少し離れた路地裏で足を止めた。何かを責められるわけではない。これでは何が正解だったのかも分からないしどうすればいいんだろう。
「やれやれ、相変わらずだな」
あらぬ方向からの声に私が振り返るとそこに立っていたのは先程の商人だった。益々状況が分からない。
「お嬢ちゃんも意味分からないだろう?ロクに説明も受けていないんじゃないか?」
商人は頭を抱えるようにしながら私を、いや商人から見れば私を挟んで奥にいる相手を見ている。
「ムクロ嬢、毎回新しい子が来る度に俺に説明させるのはいい加減やめてもらえんかね」「……適材適所」
「全く。人の事言えないが、よくこれで色々な人材を見つけてくるもんだ」
商人は仕方ないと小言もサラッと流す。私は両者の間に挟まれてなんとかこの状況をつかもうと考えるが分からない。辛うじて分かるのはこの2人が顔見知りであるという事だけだ。
商人はため息を吐くと諦めたように視線を落とし、私に顔を向けた。
「さっきヒューランの男とやり取りを見せられたな?」
「え、はい」
「なら話が早い。お嬢ちゃんには俺と同じような事をしてもらう事になる」
同じ事、というとやはり商売になると思う。でも何を売るのかと言ったら首を横に振られたし……話を聞けば聞くほど深みにハマっていく感じがする。
「俺達が扱うのは形のある商品じゃないんだ。端的に言えば「情報」を扱う事になる」
「情報、ですか?」
「そうだ、さっきの男とのやり取りを覚えているか?」
さっきの男とのやり取り……と言われても日常的な会話にしか思えなくて細かくは覚えてない。私は少し間をおいて首を横に振った。
「そう感じたなら、正常だ。あの会話の中で察しがついたなら少し内容を考えないといけないからな。いいか、いくつかやりとりをしているが重要なのは後半、俺の勧めた商品をアイツが断ったやりとりだ」
言われて少し思い出してみる。確かこの商人が商品を勧めて、いい噂を聞かないからと断ったというやりとりだったように思う。
「俺が、ムクロ嬢が扱っているのはあれを作っている会社の情報だ。ムクロ嬢はあの会社の情報を逐次集めている。売れ行きから市場での動向、用途の似ている物の情報なんかだな。俺たちはその情報を集まる代わりに商品の仕入れを融通してもらっているんだ。簡単に言えば、俺達はお嬢の耳になって必要な情報を集めているというわけだ」
なんだか、分かったような分からないような話だ。主軸が情報というのは分かったが、結局はそれも商人をしながら。つまり商人をやれという事に変わりはない。
やっぱり動作だけで物事を伝えるには限界があるなと商人に話を任せて後ろにいるムクロに私はチラリと目を向けた。
「お嬢ちゃんもしっかりやるんだな。しっかりと情報を集めていれば食いっぱぐれる事もない。安定して商品も提供してくれる。外者でこの地にコネのない俺達にはありがたい話だ」
確かに男の言う通りだ。真っ当に商人なろうと思ったらこれ以上いい話はない。普通の商売に合わせて少し情報を集めればいいだけだ。それでもやはり気になる部分はある。
「1つ、いいですか?」
「なんだ?」
「なんで私なんですか?」
話自体が理解出来ないわけではない。双方にメリットのある話だとも思う。ただ何故わざわざ私に声をかけたのかが分からない。情報を集めたいだけであればわざわざよそ者である私を拾って商人に仕立てる必要はない。それこそ最初から商人に声をかけてギルを握らせた方が手っ取り早いのではないだろうか。
ただでさえアウラ族が少数派であるエオルゼアで、わざわざアウラ族に商人をさせるなんて目立つ事を何故。
「お嬢ちゃんもなかなか鋭いな。だが今はまだそれは聞かない方がいい」
商人の言葉は私の耳に辛うじて届いた。しかし残念ながら頭には入ってこない。しかし私は身を震わせてしっかりと理解した。それまで無言で話を任せていたムクロがどこに隠し持っていたのか短剣を私の背中に突きつけていたからである。
刃は私の背中に当たる寸でで止まっている。少しでも下ろせば私の背中に突き刺さる。
「……今のは聞かなかった事にしてください」
「それがいい、ムクロ嬢も物騒なものはしまえ」
商人に諭されてムクロは短剣を引いた。私は安堵で思わず大きく息を吐いた。忘れていた呼吸を思い出して僅かに荒れてしまった息を整えた。
「……しばらく預ける」
今の出来事など何も無かったかのように私の後方から声が響く。
「……分かった。預かろう」
商人が最早諦めたように答えると私の後ろから気配が消える。ゆっくり振り向くとさっきまでそこにいたはずのムクロの姿は無くなっていた。
「お互いとんでもない者に目をつけられたのかもしれんな」
「ハハッ」
残された虚空に放たれた商人の言葉に私は引き笑いする事しかできなかった。