根無し草物語~職人の冒険秘話外伝~

「この辺りも久しぶりじゃのぉ」

黒衣森を抜け、ザナラーン地方に降り立った1人のララフェル族の男がゆったりとした足取りで歩きながら誰に言うでもなく呟く。

長い旅生活では特定の話相手などいないのでこうして1人呟く機会も必然と増えていった。行く宛ても目的もない旅、それでもその生活が好きでもう長く続けている。
ララフェル族の男の足取りは軽く、ゆったりとしたペースながらもハイブリッジに差し掛かる。銅刃団が警備こそしているが、風体から冒険者だと分かるからなのかほとんどスルー状態でハイブリッジを抜けた。

都市国家同士の緊張が緩和し、「エオルゼア同盟軍」などが出来てからは、ハイブリッジなどはもっぱら蛮族に対する拠点の1つ、そして交易所の1つとしての側面が強く、人であればスルーされる事もずいぶんと多くなった。
ハイブリッジを越えてもララフェル族の男は足を止める事なく、道沿いに歩いていく。特に目的があるわけではないが、久方ぶりのザナラーンなのでキャンプドライボーンによって顔馴染みに会おうかなどと考えていた。

ハイブリッジがそうであるようにキャンプドライボーンもほぼ顔パスで入ると、男は真っ先に酒場に向かった。顔馴染みが良く出入りする酒場である。仕事中であればいないかもしれないが宛てもなく探すよりはとりあえず居そうな場所に出向いてみようと考えたのである。
そしてその感覚は見事に的中。あまり大きくはない店内の一角で顔馴染み、ルガディン族の男が1人お酒を煽っていた。

「お昼から酒とは大層な御身分じゃのぉ」
ララフェル族の男の嫌味に顔馴染みが振り返る。
「なんだ、イズナさんか。久しぶりに合ったのにひどい挨拶だ」
ルガディン族の男性は相手が分かると、再び向き直り酒を飲み始める。イズナと呼ばれたララフェル族の男は小さい体をいっぱいに伸ばして隣の席に座った。
「てんで顔を見ないからどこかで死んだのかと思っていたぞ。突然なのはいつもの事だが」
「近頃はエオルゼア全体がずいぶん冒険しやすくなったからのぉ、ついつい活動範囲も広がるんじゃ」
イズナは男の軽口に答えながら、男に合わせるようにお酒を注文する。イズナの前いもすぐにお酒が置かれた。
「冒険か……銅刃団に入ってからの方が長くてもう忘れてきたな」
「最近はどうじゃ?」
「相変わらずさ。アマルジャどもの動向を見張る日々だ。幸いな事にまだ生きていられてる」
お互いにお酒を煽りながら近況を話す。この二人が再会した時は大抵こんな感じだ。お互い別に目的があるわけではない他愛もない会話を続ける。
「それでも最近は報償を貰う機会は減ったな。どこかの誰かがこないせいで分け前も貰えないし」
「それは己の腕の問題じゃろう?」
「ちげーねぇや」
2人の関係は至極単純だ。始めは冒険者としてこの地を訪れたイズナが偶然出くわしたアマルジャを撃退。死体をそのままにするわけにもいかないので銅刃団に報告した。その時に報告した銅刃団員というのが彼なのである。以降も彼の管轄で何か起これば報告してやり、時には手柄にしてやった。地に足を付けないイズナよりも彼がここに長くいる方がイズナとしてもこうして飲み相手も出来れば、情報が欲しい時に協力してもらえる。
いわばギブアンドテイクな関係なわけだが、だからこそ2人は気兼ねのない関係を築けていた。
そこからも他愛のない会話は続き、必然的にお酒も進む。周囲の目はどうあれ2人としてはそれが楽しい時間なのである。

「そいやーさ、何時だっけか」
話の切れ目、ルガディン族の男が唐突に切り出した。
「イズナさんが連れてきたヒューランの女。あれって結局どうしたんだ?」
「なんじゃ、藪から棒に」
「いやさ、少し前に助けられたんだよ。赤い髪のヒューランの女冒険者、ほら、今英雄って呼ばれてる……えっと、名前なんだっけ、まぁいいや。んでその人見てふと思い出したんだよ。あの女も赤髪だったろ?あんまりみねぇ色だしイズナさんが連れてきたのもなかなかにインパクトあったから、なんとなくな」
男の言葉にイズナは少し目を見開く。そして思わず口角を上げて笑った。
「そやつじゃよ?」
「ん?」
男はイズナの言葉の意味を理解出来ずに反応が薄い。

「あの時の赤髪の女、チスイはワシがグリダニアに送り届けた後、冒険者になった。そして今じゃ英雄と呼ばれとる」
「はあああぁぁぁぁ?」
イズナのあまりの言葉に男は店内に響き渡るような声を上げる。店内の視線が集まったのに、男はペコリと頭を下げた。男は少し酔いも冷めたようでバツが悪そうに少し声を小さめにしてイズナに問いかける。
「おいおい、イズナさんよぉ。マジか?そんな事ありえんのか?」
「マジじゃ。ワシだって初めて知った時には大層驚いたよ」
イズナはすっかり受け止めているのであくまでも冷静に受け答える。各地でお酒を飲む為かイズナがお酒に強いのもあるのであろう。
「すげー事もあるもんだなぁ。じゃあイズナさんは英雄の恩人ってわけだ」
「恩着せがましくするつもりはないがの。あれは彼女の功績じゃ」
チスイの話は各地を冒険するイズナであっても耳にする機会も多い。エオルゼアへの再侵攻を試みるガレマール帝国軍の漆黒の大狼を打倒し、千年続くイシュガルドの「竜詩戦争」を終結に導き、さらにはアラミゴ解放でも最前線に立ったという。それだけ活躍していれば当然耳に入る機会も多くなるのは当然であった。

「すげー話を聞いちまったなぁ。ところでよ。イズナさん、今なんか依頼を受けてるか?」
ルガディン族の男はまた話を変える。しかも少し真面目そうな話にイズナはお酒を飲むグラスを置いた。
「いや、何も受けておらんよ?」
「だったら1つ、頼まれてくれねえかな?個人的な事なんだけどよ」
これまで密とは言わないまでも関係を続けてきたが、ルガディン族の男が直接依頼をするのは初めての事である。銅刃団員としてなら何度かはあったが、どうやら今回は個人的な事らしい。
「まずは話を聞こうか」
「おう。言った事あるか分からねえけど、俺弟がいるんだよ。簡単に言えば、この弟を探してほしいんだ」
人探しはイズナにとっては冒険者としてはこれまでも何度も受けた事のあるタイプの依頼である。イズナは頷いて話の続きを促す。
「俺達の親父、あ、親父はもう死んでるんだけどよ。その親父がリムサ・ロミンサ出身らしくて。斧使いだったんだ。んで親父が死んだ後、弟はもっと斧を学びたいってリムサ・ロミンサに渡ったんだよ。それからも何度か連絡はあったんだけど、最近めっきりでな」「なるほどのぉ」
あまり家族の事などを聞いた事は無かったがルガディン族の男の性格は掴んでいる。大方、気にはなるが銅刃団所属の自分ではなかなか行けないといった所だろう。
「それでなん」「あ、やっぱりここにいた!」

ルガディン族の男の言葉を遮るようにして酒場内に響く大きめの声にルガディン族の男とイズナが振り返る。入口の方から銅刃団の制服に身を包んだ男がこちらに小走りに走り寄ってくる。
「非番の所悪いが非常事態だ。アマルジャがけっこうな数で侵攻してきやがった。酔っててもかまわん、応援にきてくれ」
「ったくよりによって今かよ」
休みな上に話を中断されたルガディン族の男は手にしていたお酒を一気に飲み干すとグラスと飲み代をカウンターに置いて立ちあがる。
男が置いた飲み代の上にイズナもそっと自分の分を重ねると続いて立ちあがった。イズナが立ちあがった事に見知っているはずのルガディン族の男も少し驚いた表情を見せた。
「人手は多い方がいいんじゃろ?手を貸そう」
「助かる、頼んだ」
お互いの意志を確認すると2人はそれぞれの武器を手に酒場を出ていった。

イズナはウルダハに来ていた。これはイズナが長距離の移動を伴う緊急性は低い依頼を受けた時に必ず行う事でもある。旅費やら日々の生活費の為、一度にまとめて依頼を受けてしまうのである。
イズナは顔馴染みであるルガディン族の男の依頼、弟探しを引き受けた。話によると、男の弟がリムサ・ロミンサで、イエロージャケットに志願した事までは知らせで分かっているらしい。しかしそれもけっこう前の事なので今もそうかは怪しいとの事だった。

イズナはウルダハの酒場、クイックサンドに併設されているギルドカウンターに出向くと早速声をかけた。
「依頼を確認したいんじゃがいいかの?」
「はい。どのような依頼をお探しで?」
「リムサ・ロミンサに出向く必要のある依頼があれば受けられるだけ受けたいんじゃが」「リムサ・ロミンサですね。それでしたらこれらがありますが?」
「ふむ。じゃあ、これとこれとこれを受けてもいいかの?」
「かしこまりました」
受付で依頼リストを確認し、依頼を受ける。どれもウルダハ近郊で採集できる鉱石類を集めてリムサ・ロミンサのギルドに直接届ける類の依頼だ。
イズナはこうして日銭を稼ぐべく、採掘や園芸のスキルも身に付けている。それがイズナの旅の資金源なのである。イズナは宿屋で採掘に適した服装に着替えると早速採掘に向かった。

一通り依頼に合った品を集めると一路西ザナラーン方面に向かう。ベスパーベイから出港するリムサ・ロミンサ行きの船に乗る為だった。
「リムサ・ロミンサか。久しいのぉ」
無事にベスパーベイに到着したイズナはそのまま手続きをしてリムサ・ロミンサ行きの船に乗り込んだ。
何を隠そうイズナの出身地はリムサ・ロミンサである。しかし冒険者となって海を渡って以来、積極的に戻ろうともしなかった。両親は既に亡くなっており、身寄りもないイズナにとっては「故郷」という感覚はあまりないのである。

定期船でもある船は何事もなくリムサ・ロミンサに到着、イズナはそのままギルドカウンターが併設される溺れた海豚亭に足を運ぶと依頼の納品はつつがなく終え、イズナな報酬を受け取った。これでしばらくは生活に困らないだけの手持ちはある。
とはいえ今回のメインはそこではない。ここからが本番なのである。イズナは早速イエロージャケットが本部を構えるコーラルタワーに向かう事にした。
船の中で確認した地図によると、現在のコーラルタワーにはその昔イズナが所属していた斧術士ギルドも併設されているらしい。イズナはリムサ・ロミンサにいた頃とは違う様子を早くも感じていた。
街の様子を見て回りながら一路コーラルタワーへ。各地で顔馴染みを作っているイズナだがリムサ・ロミンサにはそれがない。とりあえず確認できそうな所を回って情報を集める他ないのである。
「すまぬがとある男を探しておるのじゃが……」
コーラルタワーに入るとイズナは手隙な隊員を捕まえて話を聞く。イズナはこれまでの経験からこの手の軍部には一定数このような問い合わせがある事も知っている。軍部に属した事があれば記録が残っていても不思議ではない。案の定、探し人である男の名前は記録があり、知っている者を呼び出してくれるという。イズナは待っている間、懐かしい雰囲気も感じるコーラルタワーを眺めていた。

「イズナさんですね。お待たせしました」
やってきたのはヒューラン族の女性だった。その表情を見て、イズナはこれからの話をなんとなく察した。
「私は彼がイエロージャケット所属時代同部隊にいた者です。彼はとても勇敢で立派な斧術士でした。黒渦団設立時に黒渦団に志願したのですが……」
「亡くなったのじゃな?」
女性が言いにくそうにするのでイズナが変わりにその言葉を口にする。
「…………その通りです。黒渦団がエオルゼア同盟軍として派兵したバエサルの長城での戦いに参加して……」
バエサルの長城。イズナも話には聞いている。現在こそエオルゼア同盟軍が抑えているが、それも最近の話。その戦いは壮絶なものだったと聞く。
「すみません。彼は家族の事などはあまり話さなかったもので、ご連絡できず……」
「謝る事ではない。彼の家族もそういう男だったからのぉ」
ヒューランの女性は申し訳なさそうに頭を下げる。イズナはルガディン族の男の男を思いだし、似た兄弟ならそうだろうなと納得した。
「それでこのような機会を頂きましたのでバエサルの長城の戦いにおいて彼と同じ部隊に所属していた黒渦団員に話を通しておきました。ご家族の方にしっかりお伝えいただければと」
「ありがとう」
ヒューランの女性はイズナに頭を下げると、待ち合わせの場所として溺れた海豚亭をイズナに伝えた。幸いにも現在本部付となっているとの事で、仕事終わりに会う事が出来るという。イズナは話してくれたお礼を伝えると、少し早いながらも溺れた海豚亭に向かった。

イズナが名物になったというラノシアントーストでお腹を満たしていると仕事を終えたばかりなのだろう黒渦団の制服に身を包んだヒューランの女性が姿を見せた。
「お待たせしました」
「こちらこそ仕事終わりにすまぬの。ささ、座っておくれ」
イズナに促されるようにして女性は対面の椅子に腰掛ける。
「まずは私からも謝罪をさせて下さい。ご家族がいるとは知らず……」
「事情が事情じゃ、仕方あるまい。本人も言っておらんかったのじゃろう?」
「はい、彼とは黒渦団創設以来比較的長く同じ部隊に所属していましたがこう言ってはなんですがあまりプライベートな事を話すタイプではなかったので……」
イエロージャケットの女性隊員も同じ事を言っていた。よほど周囲に話をするようなタイプではなかったのであろう。
「それで彼が亡くなってしまった理由に関してじゃが……」
「そう、ですね。私達の部隊は不滅隊のピピン小闘将の指揮の元でバエサルの長城の制圧を進めていました。当時は既に英雄殿のお働きなどもあって、ほぼ長城は制圧済みで帝国の反撃に備えてる状態だったんです。私達の部隊はそんな中で施設内の巡回任務を与えられていました。その任務の中で身を隠していた帝国の残存兵と遭遇戦になってしまったんです。残存兵達も決死だったようで、私達の部隊より数も多く……多くの戦死者を出してしまいました。そんな中で彼は残った者達を懸命に守ろうとしましたが、援軍が到着する直前には……」
彼女は当時の情景を思い出したようで言葉を詰まらせ顔を伏せる。大きな戦いが起これば例え勝利しても大なり小なり被害は出る。勝ったという事実はもちろん重要だがその中では多くの命が失われている。そんな1人になってしまったという事であろう。
イズナもかつての経験でそれを用意に想像する事が出来た。過去には自分1人を残し敵味方が全滅するような事になってしまった事もある。
彼女は目尻を抑えながら顔を上げる。イズナもまた彼女の顔を見ているようでどこを見ているのか分からないような状態になっていた。
「すみません。当時の事を思いだしてしまって。任務前、彼は言ったんですよ。必ず生きて帰ろうって。それが彼の口癖でもありました。でもそんな彼が、残存兵から襲撃を受けた際に言ったのは「お前は生きて帰れ」だったんですよね。もう自分は助かる気が無いみたいな。実際彼は部隊の誰よりも最前線に立ち、多くの者を斬り伏せました。でも最後には……」
そこまで言い掛けて彼女は再び顔を伏せる。よほど慕っていたのだろう。彼女の態度からイズナはそんな風に感じそっと立ちあがると彼女の側に回り込んで肩をポンポンと叩いた。
「もう良い、十分に分かった。辛い事を思い出させて悪かったのぉ」
「すみません、すみません」
彼女は何度も謝りながら泣き続ける。イズナは彼女が泣きやむまでの間、ずっと肩を撫で続けていた。

どれくらいの時間が経過しただろうか。ようやく彼女が落ち着きを取り戻す。落ち着きを取り戻した彼女は今度は目の前で泣いてしまい迷惑をかけた事を謝り始めていた。
「本当にすみません」
「もう良いもう良い。それだけ慕っていたという事が良く分かるしの。君の想いは確かに伝えよう」
「はい、すみません。ご家族の方にもお悔やみをお伝え下さい」
最後まで謝り続ける彼女と別れるとイズナもドッと疲れに襲われた。

「来てしまったのぉ」
イズナは1人、想像以上に大きかった社屋を見上げていた。ミストヴィレッジに本拠を構える、マーチャントアドベンチャラーズ、チスイが社長を務める会社の本社である。
イズナが何故ここにいるのか、話は少し遡る。

イズナは目を覚ますとそこがどこだったかを思いだす。溺れた海豚亭で黒渦団所属の女性に話を聞いた後、話の重さと彼女の対応に疲れてそのまま宿を取った事を思い出した。
「どうしたもんかのぉ」
目を覚ましたイズナは部屋を出るまでの時間に考える。これまでも人探しの依頼を受けた事はあるし、結果的に探し人が死んでしまっている事が分かった事もこれが初めての経験ではない。むしろ依頼だけで言えば今回の依頼はかなりスムーズに発見する事が出来たと言える。
しかしこれまでの依頼との決定的な違いは伝える相手にイズナが直接話して伝える必要があるという事である。ギルドからの依頼であれば報告書にして提出するだけでいい。依頼主と直接会う事はないし、いささか気も楽なものである。
しかし今回は私的な依頼で直接伝える必要がある。幸か不幸か、イズナは今まで私的に受けた人探しで探し人が死んでいる経験はなかったのである。

「あやつはこんな経験たくさんしとるんかのぉ」
イズナはふと、チスイの事を思い出した。特にここ最近英雄としての彼女の活躍は良く耳にする。そしてイズナはチスイが会社を持っており、リムサ・ロミンサに隣接する冒険者居住区、ミストヴィレッジに社屋を構えている事も知っていた。
ただこれまで訪ねた事はない。旅の中で偶然再会し、お互いの連絡先こそ知ってはいる。これまでには冒険者として共闘した事もある。とはいえ、チスイの会社に関してはあまり詳しくは知らなかった。
冒険者として身を立てた彼女がどうして社長になったのだろうか。
そんな事を考えていたらイズナの足は自然とミストヴィレッジに向かっていた。ただ突然の来訪すぎてどうしたもんかと……近場で色々考えているうちに時間はどんどん過ぎていき、朝にはミストヴィレッジに来ていたはずなのにすっかり夕暮れ時である。
なにやらレストランもやっているようで、潮風にのって良い匂いが飛んできた事もまたイズナを「今行ったら邪魔かのぉ」なんて思いにさせていた。

「あれ?イズナさん?」
思考の堂々巡りをイズナが繰り返していると自らの名前を呼ぶ声に顔を上げる。イズナの前にはチスイが驚いた表情で立っていた。
「お、おぅ!終わったのかいの?」
考えてみればチスイの会社の前にいるのだからそこからチスイが出てくる事に驚く事はないはずなのだが、この時のイズナは大層驚いたような声を上げて答えた。
「は、はい。終わりましたけど……どうかしたんです?」
チスイもチスイで突然の来訪者に明らかに驚いているのがイズナにも見て取れた。
「やー、すまぬ。久しぶりにリムサ・ロミンサに戻ったもんじゃから、顔くらいだそうかなと……思ったんじゃ」
まだ落ち着かないのかイズナは言い訳のように答える。するとチスイは少し吹き出しながら笑い表情を落ち着かせた。
「そうでしたか。どうぞ、中に入って下さい」
「そ、そうじゃな」

チスイに案内されて会社に入る。案内された地下は一種の休憩スペースのようになっていた。
「上でもいいんですけどこちらの方が落ち着くと思いますので」
「そうなのか……ずいぶん広いんじゃの」
「お陰様で」
すっかり落ち着いた表情を見せるチスイに対し、先ほどとは違った意味で驚きを続けるイズナ。想像以上に規模が大きい事にも、このような立派な社屋がある事にも、根なし草であるイズナには想像がつかなかった。
「何か飲み物を入れてきますので、少しお待ち下さい」
「そんな他人行儀に構わんでも良いぞ?」
なんとか落ち着いてきたイズナがやんわり断るがそれに反応したのはチスイではなくイズナのお腹だった。なんとタイミングよくぐ~と鳴ったのである。朝から何も食べていない上に潮風に運ばれてくる匂いだけは嗅いでいたのだからそれも当たり前なのだが。
チスイはまるでコントのようなイズナの反応にまたクスりと笑った。
「あまりものになってしまいますが、何か食べる物もお持ちしますね」
「うぐぅ、すまぬ」
流石に腹の虫まで鳴ってしまってはイズナも遠慮は出来ない。チスイの行為に甘える事にした。
「少し時間もあるので良ければ適当に会社内でも見て回ってください」
チスイはそう言い残して席を立ち、先ほど降りてきた階段を登っていった。チスイの姿が見えなくなってもイズナは動かない。というより、流石にどこを見て回ればいいのか分からなかった。
部屋の中をぐるっと見渡すだけでもイズナは驚嘆としか言えない気持ちになる。自分が助けた頃は元より、これまで見てきた冒険者としてのチスイの顔よりも、遥かに大きな存在だと認識し直した。
とりあえずイズナは、食事用のスペースだろう、机と椅子が置いてあるスペースに移動するだけにとどめる。

「お待たせしました」
チスイがお皿をそれぞれの手に地下に戻ってくる。テーブルの上にはイズナが想像していたよりも数段豪華な物が置かれた。チスイも料理をしやすいようにか、調理服に着替えている。
「お口に合うかは分かりませんが」
「すまぬの、本当に」
そういうチスイを尻目に手を伸ばすとどれも本当に美味しかった。
食事を終えると食器はそのままでいいというチスイの言葉に再び、ソファーに戻る。
「それにしても驚きっぱなしじゃ。お主の活躍は各地で耳にするが、その裏でこんな料理まで作れるようになっておったとはのぉ。あの頃は……まさかこんな娘になるとは……」お腹も満たされようやく気持ちも落ち着いたイズナは正直な感想をチスイに伝える。イズナはチスイにザナラーンで助けた時の面影を重ねるがそのイメージはあまりにも違う。
「イズナさんが背中を押してくれたからですよ。あの時イズナさんが偶然通りかからなければ、そして黒衣森でグリダニアに送り出してくれなければボクはここにはいないでしょう」
「大袈裟じゃよ。全てはお主の努力あってこそじゃ」
直接このように言われると照れるイズナはさらりと返す。チスイもこれ以上はイズナを困らせるだけだと口にはしなかった。変わりに和んだ口調から少し真剣味のある口調になって問いかける。

「それで、今日はどうしたんです?」
チスイはイズナが訪ねてきた理由が、ただ顔を出しただけではない事を察していた。今まで何度仄めかしてもそんな事をしなかったイズナがわざわざ訪ねてきたのには相応の理由があるはずだと考えていたのである。
「……お主に隠せるわけもないの。実はの…………」
チスイの表情に観念したようにイズナは今回の依頼の事を話した。チスイはしっかりと話を聞きながら、少し表情を重くする。今回の話はチスイからしてみれば、英雄として語られている自分の活躍の裏で起こっている現実だからだ。チスイ自身、もちろん事実としては認識している。戦いになったら必ず誰かが死ぬ、勝者側も敗者側も。例え勝利した所で、被害が0というのはあり得ないのである。

「あのバエサルでそんな事が……」
全てを話し終わったイズナに対し、チスイは表情を暗くしながらも答えた。イズナもその表情にチスイの想いを感じ取る。
「お主にとっても辛い話じゃの。すまぬ、こんな話をして」
「いえ、理解はしていますから」
しっかりとした口調で答えるチスイ、だがその表情はやはりどことなく暗い。イズナはそんなチスイの表情に申し訳ない気分でいっぱいになる。

「理解はしているんです。冒険者なんてしていると死は常にすぐそばにあるって。ボクもこれまでの戦いで何度も仲間を失ってきました。ある人はボクを守る為に、ある人はボクに託して……ボクが英雄なんて言われているのは彼らの支えがあってこそなんだって……だからボクはボクの出来る範囲で精一杯に、彼らの分まで生きていこう……そう思っています」
チスイの言わんとする事はイズナには分からない感覚だ。イズナは決して誰かの為に生きた事がない。両親を亡くし天涯孤独となってからずっと1人で生きてきた。そんなイズナだからこそ持っている視点があるのと同様に、英雄となったチスイだからこその視点もあるのだろう。下手をすれば、父娘、孫程にも歳が離れるチスイの方がより多くの死に触れているのだから。

「やっぱり英雄になる者の言葉は違うのぉ!」
だからイズナはわざと軽い口調で声を上げた。あの時偶然にも助けた、世間を知らないと言っても不思議ではなかったチスイが今こうして立派になった事を誇らしく思う。同時にイズナはそんなチスイの想いの一端で背中を押された気がした。ちゃんと銅刃団の彼に弟の死を伝えてやらねばならないと覚悟を決めた。
「あまり茶化さないで下さい」
イズナの軽い口調に釣られてチスイの声質も多少なりとも明るくなる。そして少し考えるようにしてからチスイは口を開いた。

「あの、イズナさん」
「なんじゃ」
「今の依頼が終わったら、そろそろ腰を落ち着ける気はありませんか?この会社を、マーチャントアドベンチャラーズを手伝ってほしいんです」
チスイの申し出はイズナにとっては意外な物では無い。これまでも何度か顔を出してほしいと言っていたし、その先には今口にした思いがあったのであろう事は推測出来る。
「この会社を、かの?」
「はい。この会社はボクが冒険者と職人を両立する為に設立した会社です。双方の窓口とする為、ボクを頼ってくれる人を少しでも多く支える為の会社です。イズナさんが入ってくれれば……」
「入らんよ」

イズナはチスイの言葉を遮って拒否した。そうしないといけないと思った。最後まで聞いてしまったら断れない気がしたのだ。
「ワシは根なし草じゃ。それはこれからも変わらん。死ぬまで、ずっとじゃ」
チスイの思いをイズナは感じ取っている。だからこそ、イズナははっきりと断った。感じ取った上で相容れない事を分かっているのだから。
「……すみません。わがままを言って」
「いいんじゃよ。英雄にわがままを言われるなんてワシもまだまだイケるのぉ」
イズナはまた軽い口調でニッと笑って見せる。そんなイズナの表情にチスイもまたつられて笑った。

「せめて今晩くらいは泊まっていっては?」
「大丈夫じゃよ。心配せんでも。野宿にも慣れとるしの」
それからイズナはチスイの制止を振り切る形で会社を後にする事にした。その心はすっかり晴れている。
「せっかくリムサ・ロミンサにいるんですからせめて宿を」
「分かった、分かった。そうするよ」
チスイの言葉に押されるようにして約束するとイズナはチスイに見送られるようにして会社を出た。
会社の敷地を出る時、ふと振り返る。見送りに出ていたチスイの顔をジっと見つめた。チスイはそんなイズナに首を傾げる。

「チスイよ、これからはたまに顔をだす。よいか?」
「…………はい!いつでも!」
チスイの嬉しそうな返事を聞いて頷くとイズナは今度こそ会社を後にした。
根なし草の植えた種は大輪となって今花開いている…………そんな大輪をたまにはみたいと思うイズナであった。

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