職人の冒険秘話~社員秘話~

「それにしてもずいぶん大きくなりましたね」
商隊の護衛でミード本社を訪れたココンは仕事終わりのクル・リーゼを捕まえて話し込んでいた。普段はウルダハに拠点を構えて活動するココンだが、本社勤務の社員以外では本社を訪れる機会が多く、取り分けリーゼはチスイとは別の意味で付き合いが長いので仲も良い。
「最近じゃ、本社に来る度に新しい社員が増えたって話を聞く気がするもん」
「それは流石に言い過ぎですが最初の頃を考えると確かに凄いですね」
クル・リーゼはミード創設時からいる数少ないメンバーである。元々ココンの父の商会で働いていたクル・リーゼは一家を上げてミードに協力するとなってもそのままスライドする形で入社している。今の社員でも現在の本社が出来る前からミードに関わっている数少ないメンバーである。

「お疲れ様です」
2人の会話の切れ目を狙ったかのような落ち着いた声に2人が振り返る。仕事を終えた和服のアウラ族の女性、ミードでは受付業務を行っているランドウが降りてきた。ココンの言う「いつの間にか増えていた社員」の1人でもある。
「ランドウちゃんお疲れ様」
「おつかれー。ねぇ、ランドウさん聞いてもいい?」
挨拶を返しながら聞くのはココン。気になったら聞かないと気が済まないのは相変わらずである。
「はい、なんでしょうか?」
「ランドウさんってひんがしから着たんでしょう?どうして社員になったの?」
「どうして……ですか」
ココンの唐突な質問にも真面目に考え込むランドウ。少し考えてからランドウは口を開いた。
「私はひんがしのスイの里という場所の出身なのですが……そこはなんといいますか、とても閉鎖的な場所でして。私は外の世界に強い憧れを持っていたんです。偶然出会った社長に連れだして頂いて……そのままお仕事までお世話いただく事になりました」
「そーなんだ!ひんがし、いつか行ってみたいなぁ」
「ひんがしでも私も全然知らない事もありますけど」
「それはエオルゼアも一緒だよ!でも話で聞くばっかりだから、憧れる!」
ココンは元々話し好きでもあるのでテンポ良く会話が進んでいく。こんな調子で色々な場所で話しているので、普段本社勤務ではないにも関わらず本社社員にも広く顔を知られ、認知されていると言える。リーゼも会話の主導権はココンに任せながらも相槌を打ちながら話を聞いていた。

「なんだか楽しそうなお話が聞こえました!」
仕事が終わったのか、それとも「ひんがし」の話題だからか姿を見せたのは本社社員随一のおしゃべり好きで社内工房で受付を担当するミコッテのヴァ・ルビ。ほぼ同時期に入社したランドウから聞いたひんがしの文化にすっかり惹かれ、ランドウに習って今では常時和服を着こなし礼儀作法までひんがしに寄せて生活している変わり者である。
「ルビちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です!」
「お疲れ様。ルビちゃんは?どうして社員になったの?」
「社員になった理由、えーと」
会話のテンポが良いココンはどんどん周囲を巻き込んでいく。社歴が長い者ほどこの調子に慣れていくが、ヴァ・ルビは自身も会話好きなのが幸いして比較的交流は少ないものの、すぐにココンの調子に慣れていた。
「元々はここのレストランが大好きで、纏まったお金が入ると良く食べに来てて。それである時、社内工房を作る話とその拡張で新しく人を雇うという話を耳にして、雇ってくれるようにお願いしたからですね!」
「それってつまり社食が目当て……なの?」
「そうです!チスイ社長の料理もキルルさんの料理もとっても美味しくて……日々の楽しみです!」
「ルビさんらしいですね」
「あはは、ルビちゃん着物着れなくなっちゃうかもよ?」
「大丈夫です!その分ちゃんと運動してます!」
やや呆れ気味のクル・リーゼと薄くも笑うランドウに容赦のないココン。ヴァ・ルビのナナメウエな動機に三者三様の反応を示す。

「でも本当に美味しいじゃないですか!」
「褒めていただけるのは嬉しいですが、少し声が大きいですよ」
ヴァ・ルビの激しい訴えに反応したのはその場にいた3人の誰でもなく、階段から降りてきたララフェルのキルル・キルであった。
「まだ上で応対中のグレースさんが上で顔を引き攣らせているのでもう少し声を抑えて」「す、すみません。つい」
流石に応対中と言われてはヴァ・ルビも黙るしかない。もうほとんどの者が仕事を終えているとは言え、まだお客さんがいるのだったら社員としては当然に注意を払うべきなのである。
「それで、キルルさんはなんで社員になったの?」
そんな中、声を抑えても話を続けようとするのがココンである。キルル・キルは瞬間的に驚いた顔こそ浮かべるもその好奇心の塊のようなココンの視線に1つため息を吐いて歩み寄る。
「社長に声をかけてもらったのよ。社長とはこの会社を設立する以前からの知り合いだったから」
「そうなんですか?」
初耳とばかりに驚いたのはクル・リーゼだ。彼女はココンなど同じタイミングからチスイを知る者はいても、それより古くからの知り合いが社内にいるとは思っていなかった。
「出会ったタイミングは違うけど、会社設立前からの知り合いという意味ではル・カシャもそうよ。私達3人は同時期に調理師ギルドに出入りしていたの」
「カシャさんも料理出来るんですね!どんな料理をするんだろう」
「食べてみたいですね」
調理師ギルドと聞いて反応するのはやっぱりヴァ・ルビ。そしてそれにランドウが返す。このようなやりとりもまた社員間では良く見られる光景である。
「彼女は本当に丁寧な料理をするわね。でもいつからか併設したビスマルクにホールに出るようになって料理をする時間は減っていったわ。社長は元々冒険者だから出入りが激しかったし、私も縁があって他の場所に出向いて雇われ料理人をしている期間もあった。だから調理師ギルドで一緒だったと言っても常に一緒にいたわけではないの」
「それでそれで?」
「この社屋が出来てレストランも併設するのが決まった時ね。社長からお願いされたのよ。自分のお店だと思って切り盛りしてほしいって。それを受けて入社した感じね」
「みんな色々だなぁ」
ココンは一同の顔を見渡してから呟く。今でこそ一緒になって働いているけれどここに来るまでには本当に色々な事があった人もいる。元々話し好きのココンも冒険者になって各地に赴くようになってからは特にその人となりを見るようになった。
だからこそココンは商人を取りまとめつつ自身も商人として働いていた時よりも、冒険者と商人の二足の草鞋を履いてからの方が営業成績を上げているのだった。

「あんた達!!いい加減にしなさい!!!!」
少しほっこりした雰囲気をぶち壊す怒声が響く。無論声の主についてはこの場にいる誰もがすぐに予想出来た。階段を凄い形相で降りてきたグレースである。
「あんた達の声聞こえ過ぎなのよ!幸い最後に応対してたの常連の槍使いさんだったから笑ってくれてたし問題は何もなかったけど!」
「グレースさん、お疲れ様です。すみません、謝らせてしまって」
グレースの憤怒にすぐに反応したのがランドウである。同じ受付を担当する者同士で上下関係はないとはいえ、ミードに来る前も似たような業務をしていたグレースと、満足に外に出た事も無かったランドウでは経験値が違う。ランドウはグレースに教わる事ばかりなのでグレースに対しては過敏に反応するのである。
「ふん、いくら常連さんでもお客さんはお客さんだもの。ちゃんと対応するわよ。自分達が終わったからって少しは限度を考えて頂戴」
ランドウの謝罪でもグレースの怒りは治まらない。元々社員達の間では密かに二重人格者とさえいわれているのがグレースである。普段は口調も乱暴で怒りっぽく例え先輩や社長のチスイが相手であっても文句があれば正面からはっきりと物を言うタイプであるのに、お金を払う相手に対しては、社内で誰よりも丁寧に応対するのである。
「それでグレースさんは?」
「は?」
「話、聞こえてたんでしょう。グレースさんはなんでこの会社に入ったの?」
ココンの質問にはグレースはもちろん、その場にいた全員が凍りつく。ココンの知的好奇心満天にまっすぐした目を向けられたグレースは言葉を詰まらせて口角を下げる。何か言ってやりたいがなんて言えばいいのか分からない。そんな複雑な表情をしていた。

場を静寂が包む。ココンは首を少し傾けるだけで動かず、グレースはココンを見下ろし、口角を揺らし、少し口を開いたかと思うと閉じてしまう。そんな2人のやり取りに、クル・リーゼもヴァ・ルビもキルル・キルもただただ見守るしかなかった。
その場にいた者には長く感じた時が経過した後、先に動いたのはグレースだった。ココンの視線に耐えられなくなったグレースは、大きくため息を履いて自身で留飲を飲んだのだった。
「……カ、カルルに誘われたのよ。前にも同じ商会で働いていた事があったから。受付が必要だって」
「そうなんだ。またカルルさんにも聞いてみよっと」
「今日は止め時なさいよ。まだ忙しいみたいだから」
グレースはこの場に居たくないと考えたのか捨て置くようにココンを制止するだけして背を向け階段を登っていった。
ココンは何かを考えるようにしていて残された三人は動くに動けないでいた。

「と、ところでキルルさん!今日って何か余っては……」
「……言われると思って準備してありますよ。運んできますね」
なんとか空気を壊したヴァ・ルビと、その言葉に促されるようにキルルが階段を登って行ってなんとかその場は落ち着いた。
ココンが会社に泊まるその日は途中場を社内女子部屋に移しながらも夜更けまでお喋り会が続いた。

女子会になった日の翌日、ココンは業務開始前の会社で目を覚ました。
今日にはまた商隊を護衛しながらウルダハに戻る事になっている。
それでもココンの頭の中は昨日から話していた「何故社員になったのか」という話が妙に残っていた。

「お、ココン。おはよう」
女子部屋から出たココンはルガディン族のトシントルーグに出くわした。社内の何でも屋状態であるトシントルーグはココンからしても経歴が謎な1人である。
昨日、ココンは女子達から話を聞いてぼんやりとイメージ出来るなと思った。ココンが出会った頃、入社した頃から仕事の出来るグレースやキルルはチスイが仕事が出来るからとスカウトした者。ランドウやヴァ・ルビはどちらかと言えば結果的に入社したという形であって、元から仕事が出来たというわけではない。現在もそのイメージ通りに仕事をしている感じがする4人だった。
対してトシントルーグは分からない。社内で頼まれ事を器用にこなしているのはよく見かける。が決して仕事が出来るタイプには見えない。何より冒険者としての目も持つココンからすればトシントルーグには生傷のような目立つ。入社前にはきっと荒事をしていたのだろうと思える。
「なんだ?顔になんかついてるか?」
そんな事を考えながらジッとトシントルーグの顔を見ていたココンにトシントルーグは首を傾げる。
「あのね、トシントルーグってなんでこの会社に入ったの?」
ココンは挨拶も忘れて疑問を口にする。トシントルーグからすれば唐突過ぎる質問に彼の頭の上にはハテナがいくつも浮かぶ。
「なんでそんな事聞くんだ?」
「昨日ね、キルルさんとかルビちゃんに聞いたの。だから他の人はどうなのかなって」
「なるほどなぁ。でもあんまし面白い話でもないぞ?」
「聞きたいの!」
ココンの訴えにトシントルーグは困惑した。どちらかと言えばココンの突拍子もない疑問に慣れている昨日の面々に比べてもトシントルーグはココンにまだ慣れていない部分もあるのであった。ただトシントルーグにも分かるのはこれは話さなければ解放してもらえそうにないという事である。
「そうだな、どこから話すべきか」
トシントルーグは頭を抱えながらどうしたもんかと考える。普段そこまで自分から話さない事も拍車をかけて難しくしていた。
「最初はけっこう小さい頃から海賊やってたんだ。オラァ両親どっちも海賊でよ。だからそれが当たり前だったんだよな。で、両親も引退して独り立ちした頃に、メルウィブ提督が提督に就任して海賊禁止令を出した。オラのいた海賊団は入植者になったんだけど性に合わなくてな、冒険者になったんだよ」
海賊、冒険者と聞いてココンは納得した。トシントルーグの生傷もそれらの中で生まれた物なのだとしたら合点がいく。

「でそれなりに冒険者として経験を積んだ頃だ、社長に出会ったのは。そんときはクリスタルブレイブって組織の勧誘を受けたんだよな。そんときは参加しなかったんだが、縁あって交流が生まれた。いくつか一緒に依頼もこなしたよ。最後になったのがアラミゴ解放軍への協力だった。珍しく社長の方から声がかかって協力する事になったんだけどな。そこで帝国軍の襲撃を受けて足をヤっちまったんだ。あの戦いで足だけで済んだんだからマシだとも言えるんだけどな」
その襲撃の話はココンもチスイから聞いていた。突然帝国軍が当時アラミゴ解放軍が本拠地としていたラールガーズリーチを襲撃。アラミゴ解放軍や協力者となっていた冒険者達に多くの死傷者を出し方針転換を余儀なくされたという話だ。
「戦えなくなったら冒険者としちゃ致命的だからな。別に仕事を探そうとした時に社長からこの会社に来ないかと誘われたんだ。口にはしなかったが声をかけた責任を感じていたんだろうよ」
似たような話はココンも耳にする。冒険者は身体が資本。現にココン自身、冒険の中で知り合い怪我で冒険者を辞めたフスンを社長に紹介した事がある。同じ冒険者としてやはり思う所はあるのだ。
「とまぁこんな感じなんだが、いいか?」
「うん、ありがとー。あ、それとおはよう!」
トシントルーグの話にココンは満足するとそこで思い出したように挨拶を返した。
「おう、ココンも身体には気を付けろよ!」
「そうするーっ」

「おはよう。なんの話だい?」
姿を見せたのは既にしっかりと服装を決めているデューンクリフだった。トシントルーグもココンから見ればかなり年上だが、デューンクリフはトシントルーグよりもさらに年が上、ミードでも間違いなく最年長だろう。バリバリ現役だが、初老と言っても差し支えない年齢には達している……とココンは思っている。
というのもデューンクリフは社内でも随一の素性が知れない人物である。ちょうどココンも滞在している際にチスイが連れてきてそのまま社員になった。それこそデューンクリフという名も他ならぬココンが付けた偽名である。
だからこそココンが最も聞きたい相手であると同時に、最も聞きにくい相手でもあった。躊躇うココンを余所に先に口を開いたのはトシントルーグである。
「おはようデューンクリフさん。ココンにミードに入った理由を聞かれていたんだよ」
「ほう……」
ココンはデューンクリフの表情を伺う。分からない事は聞きたい性分のココンだが、偽名まで使っていて後ろ暗い部分があるのが分かっている相手にまでズケズケとは聞けないのがココンであった。
デューンクリフはココンを見て、フッと笑った。
「これはワシにも聞かれるのかな」
「う、うん。良ければ」
ココンは恐る恐る返答する。

「いいだろ。トシントルーグ、先に行って今日配送する商材の準備をお願い出来るか?」「お、おう。了解だ」
デューンクリフはトシントルーグを追いやり、その姿が地下に消えたのを確認するとココンに向き直る。グレース相手には怖がる素振りも見せなかったココンが少し怖気づいていた。
「ココン嬢の探究心は嫌いじゃないから話すが、他言はよしてくれよ?」
「は、はい!」
思わず敬語で答えるココン。にデューンクリフは再び笑顔を見せた。
「そう、構える必要はない。あまり話されても何より社長に迷惑をかけてしまうのだ」
ココンはチスイの名にハッとなった。チスイを持ち出された以上、ココンも他言はしまいと心に誓う。
「ココン嬢がどこまで察しているかは分からぬが……ワシは元々は帝国軍におった。出身は属州だがな」
ここまでだけでココンはそこまで過剰に他言無用を言にする意味が分かった。元帝国兵なんて素性は、決して穏やかではない事情しかないのは目に見えている。
「ワシは第XⅡ軍団に所属する技師で、長い事属州内地で兵器製造に携わってきた。それが軍団長がアラミゴ属州統治者に就任するとほぼ同時期にバエサルの長城勤務に移った。長い徴兵期間の中でも国境付近への配属は初めての事で抜けだすチャンスだと思って機会を伺っておった所に鉄仮面率いる部隊が襲撃をかけてきよった」
ココンは鉄仮面による襲撃事件の顛末自体はこれまたチスイから伝え聞いて知っている。あちらもまた悲惨な事件であった事は話に聞いただけでのココンでも十分に想像が出来た。
「ここぞとばかりに脱走したまでは良かったんだがな。その後の騒動で逃げ出した黒衣森は厳戒態勢が敷かれてとても動ける状態では無かった。そんな折だな、社長に出会ったのわ。今思えばとんでもないタイミングでの出会いだったと言える。ワシは諦めて投降するつもりで社長に自分の事を洗いざらい話したんだがな、社長はワシの魔導技術に興味を持った。自分の立場もあるだろうに、ワシを匿い、黒衣森を抜け、ザナラーンを抜けてここまで連れていた。後はココン嬢も知っての通りというわけだ」
「……ちぃたん」

チスイの突拍子も無さはココンも充分に理解している。突然連れてきたという意味では他にも似たような社員はいるし、会社以外の部分でも思わず声を上げて驚きそうな事を平然と行っていたりする。そんなチスイだからこそココンは話を聞くのが好きだし、冒険者となってからは、そんな突拍子の無さを持っているチスイだからこそあれ程に活躍出来ているのだろうと思う。
「ワシの話はここまでだが、これで納得できたか?」
「うん、ありがとう」

ココンは納得してデューンクリフと分かれる。離れていくココンの背中を見つめながらデューンクリフは三度笑みを浮かべた。ココンの行動はまさにデューンクリフの狙い通りであった。
デューンクリフからしてみればココンの探究心はチスイのソレと同等、或いはそれ以上の物があると思っている。だからあの場で話すのを渋ればより深くあれこれ聞かれると判断し、表面的な部分だけをざっと流して話す事で納得させた。実際に言葉には出来ない部分、本当に口にしたらマズい部分も多い。それほどまでに危険な橋を渡ったチスイを裏切る事など出来ようはずもないのであった。

デューンクリフと別れたココンはいよいよ出発の為の準備に入る。戦闘服に着替え、ウルダハに向かう準備を進める。まだまだ話を聞きたい所ではあるが、そうもいっていられない。どんなにお話し好きなココンでも仕事の時は仕事でしっかりするからこそある程度の自由も許されているのだと思っている。

準備を済ませたココンは社長室に向かう。チスイがいない事は分かっているがカルル・カルには挨拶していかねばならないからである。多少仕事モードに入って丁寧になった口調でココンが社長室を覗くとカルルは書類整理をしていた。
「失礼します!カルルさーん、いますかーっ」
「ココンさん、お疲れ様です。護送よろしくお願いします」
顔を上げたカルルにココンは頷いて答える。挨拶はほとんどこれだけだ。ココンは本社勤務ではない社員の中では本社への出入りが最も多い社員でもある。冒険者として護送で訪れる事も多く、プライベートでチスイに会いに来る事もある。だからこそその業務的なやりとりはそこまでしっかりと行わなくてもそれぞれの意図を汲み取れるようになっているのだった。
いつも、チスイがいない場合ならこのまま出ていくのだがココンはそのまま足を止めてカルルを見つめていた。
出発までもう少し時間に余裕がある。カルルにも入社の経緯を聞いてみたいという思いが頭の中によぎったのである。
「どうかしましたか?」
まだ佇むココンにカルルは首を傾げる。しかしその表情には首を傾げているとは思えない程にまっすぐとココンを見ていた。全て知っていると言わんとする顔である。
「な、なんでもないです!」
ココンは本能的にそれを察知して社長室を後にした。聞いちゃいけない気がしたのであった。社長室を出たココンはカルルの表情を思い出す。
「また今度聞こう」
誰もいない中、1人自分に言い聞かせるように口にしたココンはそのまま本社を後にした。

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