飛耳長目譚~職人の冒険秘話外伝~後編

「しゃちょーっ!!!!」
依頼に合わせて工房で作業をしている所に叫ぶような声を出してココンちゃんが駆け込んでくる声に作業を進める手を止める。
ココンちゃんがここまで入ってくる事は珍しい。昔はよくココンちゃんとここで話をしながら作業をしたものだけどココンちゃんが社員になってからはそんな機会も減ってしまった。今は基本的に仕事の話は社長室で聞くしココンちゃんもボクの手が空くまで基本的に待っているようになった。
顔を上げて通路の方を向くのとココンちゃんがなんとか勢いを殺して足を止めたのがほぼ同時だった。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「作業中にごめんなさい。でも緊急で伝えたい事があって」
ココンちゃんが事前にアポを取らないで本社に来る事は珍しいしその様子からもよほど緊急性が高いのだと判断出来た。ボクは手にしていた道具を置いて身体ごとココンちゃんに向ける。


「続けて」
「それがうちの商品の悪評が凄い事になってて。なんか社長が英雄だから売れてるだけで物は粗悪品、しかも買わないと社長が自ら出てきて脅してくるって」
ココンちゃんの言葉にボクは眉を潜めた。
この手の話はこれまでもなかったわけじゃない。特にこの本社を作る以前には規模が小さかった事もあって頻繁にそういう悪い噂を流された。規模が大きくなってからはそういう噂も少なくなったけど全くないわけじゃない。
「……ココンちゃんの耳に入るレベルってなるとけっこう大規模な流し方をしていると言う事か」
「どういう事?」
ココンちゃんは慌ててきたけどその情報は既にボクの耳にも入っていた。情報を仕入れたのはムクロでそのまま噂の出処について探るように指示をしている。
「その件、もう動いてもらってるんだ」
「そうなの!慌ててきたのに!」
ココンちゃんは大きく息を吐き出した。よほど慌てたんだろう。
「心配かけたね。取引の方に支障はある?」
「今のところ常連さんは大丈夫。私の所は噂よりも自分の目を信じる人が多いから。でも店頭での売上は良くないみたい」
ボクはココンちゃんからの報告を聞きながら頭を巡らせていた。

「それで情報の出処を探してほしいって事でいいのか?」
ヒューラン族の男の確認にムクロが頷く。私は男と共にムクロから一連の流れの説明を聞いていた。どうやら良くない噂が流れているからその出処を探るというのが今回の依頼らしい。

ここは男、カミシロの事務所だ。
私が商人になった日も情報を流していたあの男、探偵業をしているらしい。
以降もちょくちょく買い物をしながら情報のやりとりをしているので私はすっかり顔馴染み。むしろムクロの方が全然会わないくらいである。
そんなムクロが久しぶりに顔を出したかと思えば付いてくるように言われ、従ってきたのがこの事務所である。
カミシロには事前に連絡をしていたようですぐに通された。
そこから珍しくしっかりと説明しているのを聞いているのだけど、、、これ私なんで呼ばれたんだろう?例の如く事前に説明を聞かされたわけでもない。説明もほとんどムクロがしたのでここまでに私が必要な事はない。
「分かった。依頼は受けよう。んでも珍しいな。わざわざこっちに出向くなんて」
「説明、必須。都合が良い」
「まぁ大っぴらに話せない、か。どこで聞かれてるか分からないしな」
カミシロは納得したように大きく頷いた。そんなカミシロにムクロも頷き返すとここでようやく私に視線を向ける。
「サポートして」
相変わらず私に対しての説明は短い。むしろ、ここまでの説明でのムクロが喋りすぎなくらいでそっちにも少し驚いていただけにこの感じが実に自然に思えてしまう。
「サポートってカミシロは探偵ですよ?私に出来る事は」
私の進言にもムクロは首を横に振るだけ。どうやら有無を言わせるつもりはないという事らしい。
「あんたは?」
何も言えない私に変わってカミシロが問いかける。
「別行動」
「了解した。何か分かったら連絡する」
カミシロはこれまでもムクロとのやりとりに慣れている様子でスムーズにやりとりを済ませる。この辺りがまだ私には上手く出来ない所だ。
ムクロは話は終わったと立ち上がるとさっさと自分だけ出ていってしまった。

「そんなわけでよろしくな」
「あ、はい。よろしくお願いします」
そんなこんなで私はカミシロに続いて事務所を出る事になった。

ムクロが私をサポートにつけた理由はおおよそすぐに理解した。
普段はお店で出迎える立場だったから気づかなったがカミシロは致命的に方向音痴だったのだ。
ウルダハの中でこの様子だと、ウルダハから出たら大変なのだろう。
これで良く探偵業が務まるしそもそも毎度よくうちの店に辿り着けるなと思ってしまうくらいにその方向音痴加減は凄まじかった。拠点がグリダニアだという事を差し置いても私の方がウルダハの地理を理解しているなと思うレベルである。
ただそこは探偵を生業とするだけはある。情報の精査の方は比較的スムーズだし相手から話を聞き出すのも上手いと思った。

「なんとなく見えてきたな」
いくつかの話を聞いた後、ウルダハから出て今はスコーピオン交易所まで来ていた。そこでも話を聞いたカミシロは少し考え込んでから独り言のように呟く。
「何か分かったんですか?」

ここまで道案内以外ロクにしていない私が確認する。カミシロも直接的に聞くわけじゃないし商人側もこういった流通の情報を気軽にそのまま教えてくれるわけじゃないからお互いの駆け引きをを聞いているので精一杯だった。
「まずウルダハではわりとどの商人も口を揃えて今は扱わないようにしてるって話だった。噂になっているってのもそうだけど、商人目線でも明らかに質が落ちてるって話らしい。あの会社に限ってそれはありえないと思うからここにも何か秘密がありそうだけど俺には分からん。肝心の噂の出処は色々だったけどほぼ共通してるのがここスコーピオン交易所関連だったからこっちにきたわけだけど……ここでの今商人の関心が強いのは最近足跡の谷付近で活発になっている冒険者風の装備をしている野盗の話がメイン。これは単にここが中継地点としての役割が強いからだと思う。荷物の質よりも届かない事の方が問題だろうし」
ここまでの情報を整理するように説明するカミシロ。同じ話を聞いているはずなのにここまで情報を整理出来るのはやっぱり探偵だからなのだろうか。ただここまでの話の中に噂の出処を突き止める事に役立ちそうな情報はないように思う。

「ただ噂自体は話を聞いた商人のほとんどが耳にしていて、出入りの商人の何人かが話してるって話しだったな」
「出入りの商人だと又聞きの可能性もありますね」
「そうなる。でも1人だけその可能性が限りなく低い商人がいたんだ。クレセントコーヴって漁村から魚を届けにくる商人。あそこは魚くらいしか売りに出せる物がないはずだしホライズン経由にしたって近すぎて交易にならない。距離的にもまっすぐここに来ているんじゃないかと思う」
「じゃあその村の商人が?」
「大元の出処かどうかは分からないけど当たってみるには十分な可能性かな。幸い人相は教えてもらったし村に行ってみるか」
「……場所は分かるんですか?」
「……あっちだっけ?」

例の如くトンチンカンな方向を指差すカミシロ。本当、なんでこの人、探偵やってけるんだろう。
「こっちです!まずはホライズンに行きましょう」
私は情報を扱う者の一貫としてザナラーンの地理を覚えさせられた。そうしないと適切な動きが取れないからと教えられたし理にも適っていると思ったから時間を見つけては地図を眺め、荷物を届けに行くのに同行したりもして覚えた。
そうやってきたからこそ今もこうしてカミシロを案内出来ているわけだけど。本当にこんなので良いんだろうか。

ホライズンを経由してクレセントコーヴ村に辿り着いたのはそろそろ日が沈みそうになっている頃。ここに来たのは1度だけでその時にも思った事だけどここはまさに「寂れている」という言葉が似合ってしまう場所だ。昔は漁獲量も多い漁村だったらしいのだが、今では漁獲量が減って衰退の一途を辿っている村、という事らしい。
村の入口まで来るとカミシロは一旦足を止めて私の方に振り返った。

「あんた、ここらで待っててくれるか」
「はい?」
「普段からスコーピオン交易所の方まで出向いてる商人なら今この村にいるとも限らないからな。村の中で当たってくるからもし商人が村に戻ってくるようなら教えてくれ」
「分かりました」
私の返事に小さく頷くとカミシロは村の中に入っていく。流石にこの小さな村の中で迷子になるって事はないと思うけど……

私は村の方からは見えづらい位置に座り込む。往来はほとんどない村だし誰かが通って怪しまれるという事もない、と思いたい。懸念点と言えばアウラ族であるゆえに目立ってしまう事。今のエオルゼアにはアウラ族の流入もある程度はある。とはいっても少数派である事に変わりはないし、こういう小さな村ではまだまだ見慣れない存在である事には間違いない。

到着した頃の赤い夕焼け空が徐々に色を失いやがて暗くなった頃、ようやくカミシロが帰ってきた。ここまで村の往来はなんと0。本当に寂れてしまっているのが分かる。
「お待たせ」
「どうでした?」
「例の商人はいた、当たりだったよ。どうやら昔馴染みの商人から頼まれたって話みたいだ」
「頼まれた、ですか」
「ウルダハ商人ならありえない話じゃない。お金に困ってないとも言えないだろうしな。そこが噂の大元って保証はないけどとりあえずその相手の事までは聞いてある」
本当にカミシロの話術は凄いと思う。ウルダハで商人達から話を聞いている時にも思ったけど相手からほしい情報を聞き出す事に長けている。そして今の話でもう1つ気になった事があった。
「まさかとは思いますけど東アルデナート商会みたいな大きな商会じゃないですよね?」
「うん、違う。俺の知る限り独立系の商会だ、昔馴染みってのはそこの会長だな。まぁでもさらに元を辿れば分からないけど。大きい所が動いているなら何人も人を通すだろうし。まぁ足取りを追えている間は東アルデナート商会は絡んでこないと思う。あそこは隠滅上手いからな」
「それ笑えないです」
私の受け答えに変わりにとばかりにカミシロが笑う。いやだから笑えないんだってば。
ウルダハで商売をしていると嫌でもちらつく東アルデナート商会。そこが絡んでいるなんて事になったら大事になるのは間違いない。
「でも商会規模になってくると簡単には接触出来ないですよね」
「そうなんだよなー、どうしよ。とりあえずベスパーベイに移動してから考えよう。時間的にもこれ以上動けないしな」
「そうですね」
カミシロの言葉に同意して私達はベスパーベイに足を向けた。

今日の総移動距離を思えば大した距離ではないとはいえベスパーベイに足を踏み入れた時には僅かに残っていた日の光も完全に無くなっていた。
まだ日が落ちてから時間があまり経ってはいないからか、まだ街には人の行き交う姿も見受けられる。
足跡の谷を経由した道中、時間的にも最近活発化しているという野盗の存在が頭を掠めたものの、結果としてその心配は杞憂に終わった。今日は偶然出なかったのか、或いは商隊だけを狙うようにしているのかもしれない。
「とりあえず飯と宿の確保だな。宿の方お願い」
カミシロは言い残して行こうとさっさと行こうとする。「1人で大丈夫なんですか?」と声をかけたら「大丈夫、見えてる場所には行けるから」と返されてしまったので私は視線で追いかけながらも宿屋の方に向かった。
幸いにも宿屋の部屋は空いて私は受付だけ済ませて入り口でカミシロを待つ。が少し待ってみてもカミシロは姿を見せなかった。やっぱり迷ったのだろうか。
私は連れを迎えに行ってくると伝えて再び街に出る。
キョロキョロしてみてもカミシロの姿は見えない。宿屋と間違えて他の建物に入ってしまったとか?だとしたらどこに入ってしまったんだろう。
そんな風に考えながら私はカミシロを探して港の方に足を向ける。
「待てっこらっ!」

そんな声が聞こえて咄嗟に顔を向けると走り出すカミシロを見つけた。私は後を追いかけるけどカミシロもカミシロから逃げるように走るヒューラン族の男も足が速い。なんとか見失わないようにするうちに街の外にまで出てしまった。
追いついた時にはすっかり息が荒れてしまう。逃げ出した男はカミシロに突き飛ばされたのか寝転がって伸びてしまっている。
「ど、どうしたんですか?」
「あんたか。コイツが港でなんか変な動きしてたから声をかけたら逃げ出したもんで」
伸びた男に一瞥をくれながらカミシロが答える。逃げ出したのだから何か後ろめたい事があるんだろうけどちょっとやり方が荒っぽい。
突き飛ばされた男は一見すると荷運び人のようにも見える服装をしているけどカミシロはどうして怪しいと思ったんだろう?
「それで、どうするんですか?」
「話を聞いて判断するよ」


カミシロはそういうと男を手頃の岩場に持たれかけさせて頬を叩く。
「起きろって」
「う~ん」
何度か首を横に振ってからぼんやりとした目でカミシロを見上げる男。最初は状況を理解していなかったようだが、すぐに気づいたようで一気に顔を強張らせる。頭を抱えるようにして怯える男とそれを見下ろす。男が荷運び人というには貧相な体付きという事もあってこの場だけ見たらカミシロが脅しているようにも見える。
「下手に動くなよ。質問にだけ答えろ。返答によってはそのまま銅人団に引き渡す」
「……すみません。すみません」
小さな声で謝罪の言葉を続ける男。あまり悪い事をする人には見えない。
「はぁ、いきなり悪かった。でもあんな所で挙動不審にしてて声をかけたら逃げ出したら誰でも捕まえると思うぞ?」
「そ、そうですよね。すみません、すみません」
バツが悪そうに頭を掻くカミシロ。男の怯えっぷりには得意の話術も通用しないらしい。
「それで何があったんだよ?何か事情があるんだろ?例えば最近噂の野盗に脅されたとか」
「!!!」
男の震えがピタりと止まる。ゆっくりと顔を上げてカミシロを見つめた。その表情からは未だ怯えている部分に加えて驚きが感じ取れる。
「図星か。安心しろよ。ちゃんと話してくれたら悪いようにはしないから」
カミシロの言葉に男は少し俯いて僅かに考えてから頷いて顔を上げた。
「……わ、私いつもは行商をしてまして。件の野盗に大事な荷物を奪われてしまいました。そして荷物を返してほしければ港の荷物の入れ替えを手伝えと……」
「入れ替え?盗むんじゃなくて?」
「は、はい。向こうが用意した物と港のとある荷物を入れ替えろと言われました。それで私何度も……良くないとは思っていたんですが荷物は本当に少しずつ返してくれてはいたので。それで先程貴方に声をかけられた時はびっくりしてつい逃げ出してしまったんです」
男の言葉にカミシロは少し考えるようにすると続けて口を開く。
「なるほどなぁ。あんたの荷物、後どれくらいあるの?」
「今夜で最後の予定でした」
「荷物はいつ向こうに?」
「この後です。いつもそのままの足で」
「うんうん、OK」
カミシロは1人納得したようで大きく頷く。何かを企んでいるらしい。
「んじゃ俺も協力するからさ、あんたも協力して?」
カミシロは笑みを浮かべながら手を差し出す。男はその手を不思議そうに見つめた。
「えっとどういう?」
「荷物のすり替え手伝うからさ、荷物を相手に渡しに行く時にちょっと芝居してくれれば良いだけだから。ね?」
「い、いいんですか?」
「もちろん銅人団には後で事情を説明してもらう必要はあるかもだし謝罪も必要だと思うけどあんたも確実に荷物が帰ってくる方がいいだろ?」
「……分かりました。お願いします」
男がカミシロの手を取るとカミシロは男を引っ張り上げるようにして立ち上がる。男はそこでただ事の顛末を見ていただけの私に対しても軽く会釈してくるので私も小さく会釈を返した。

「そういうわけだから協力よろしく!」
「ちょっと待ってください。なんで私が」
カミシロは男に声をかけてからこれまで私に一瞥もくれなかったのに私にも協力を頼んでくる。2人の約束に水を差すようで気が引けたがそもそも私の仕事はカミシロの道案内係でカミシロの受けた依頼は悪い噂の出処を突き止める事。彼自身は探偵なのだから依頼を同時に受ける事が悪いとは言わない。これが依頼と言えるのかは分からないけど。ただあくまでも1つの依頼の協力者でしかない私を他の依頼にまで巻き込んでいいわけがない。
「そもそも私は野盗は別に」
「大丈夫だって、俺の勘だけど多分繋がってるから」
私の言葉を遮るようにしたカミシロの言葉には混乱を覚えるしかなかった。しかも根拠が「勘」とまで言われてしまっては信憑性があるのかどうかも怪しい。
「もしこの件が全く関係なかったら今回の報酬はなしで良いよ。もちろんそれでもちゃんと最後までやる」
「……分かりました」
そうまで言われてしまっては私は引かざるを得なかった。本人は「勘」なんて言い方をしているが野盗と悪評の2つに何かそれ以上の繋がりのような物を感じているのかもしれない。

そこからの動きは実にスムーズだった。男とのやりとりの間にさらに人通りが少なくなった港で私が見張り役をして男が指定された荷物をすり替える。見張り役はカミシロでも良かったわけだが、先程街から走る姿を見ている者がいるかもしれないからという事で私を指名してきた。

そのまま男をアジトに向かわせてカミシロと私は少し離れて付いていく。そこで男に野盗の頭目を誘き出してもらいそれをカミシロが倒すというものだった。
カミシロが探偵になる前は冒険者をしていた事を私は知っている。今でも探偵として仕事にありつけない時には冒険者として討伐の依頼を受けたりして生計を立てているらしい。だからカミシロが倒すという作戦に私は反対しなかったし、カミシロの攻撃をその身で受けた男にとってはその威力は折り紙付きだった事もあって男もその作戦に承諾した。

私が男に遅れてアジトの入り口に辿り着いた時には既に男は野盗と話をしている所だった。男と冒険者風の装備をした男が話しているのは奥の方なのでその声は聞こえない。中にいるのはその2人だけでまだ頭目らしき男の姿も他の仲間がいる様子もない。
しばらく話していた2人だったがやがて冒険者の装備を身に着けた男の姿が見えなくなる。
「大丈夫ですかね?」
「どうだろ?」
確信を持って答えないカミシロに私は一気に不満を覚える。本当に大丈夫なんだろうか。

「いい加減にしねぇか!」
大きな怒声に私の意識は再びアジトの中に向かう。いつの間にか現れていたこちらも冒険者風の装備を来た男が既に腰に差していただろう剣を抜いていた。この男が頭目なのだろう。周囲には他にも何人かの男達がいる。それぞれに装いこそ違うが皆が冒険者風の装備をしているというのは共通している。滲み出る荒々しさと話し方を少し注意すれば冒険者と装われても分からないように思う。

「まてぇぇぇぇい!」
演技めいた叫び声でカミシロがその姿を晒す。腰に下げていた自らの獲物である刀に手を添えながらさらに歩み出ていった。
「話は聞かせてもらったぜ!お前ら全員お縄だ!」
「んだてめぇは!」
男の1人がカミシロに向かって抜いた剣をそのままの勢いで振るがカミシロは抜刀の勢いでそのまま相手を斬りつける。
「間の悪い奴だぜ!お前らやっちまえ」
頭目の男の言葉に周囲に居た者らが各々の武器を取る。
だがカミシロの動きは速かった。それぞれの武器を振るうまでもなく男達はその刀に斬られていく。一太刀で相手を無効化していくのだからその実力差は決定的な事が戦いの事なんてロクに分からない私にも分かる。騒ぎを聞きつけて奥に居たのだろう者達も出てくるが出てくる側から倒されている。
後方で魔法を唱えていた男にも刀を真っ直ぐに投げつけてその詠唱を止めてしまう。残ったのは頭目だけだった。
「これだけの人数相手に派手に立ち回ってくれたがバカだな。獲物を自ら投げるとはよ!」
獲物を無くしたと思った頭目はそう叫びながらカミシロに斬りかかる。

「悪いな。俺はこっちも得意なんだ!」
そんな男にカミシロは拳で返した。踏み込んだ男の勢いも利用したカウンターが見事に男の顔を捕らえる。その威力は吹き飛んで倒れ込んだ頭目を見れば明らかだった。
僅かな時間の間にアジトはカミシロによって制圧されてしまった。
「あんた。上手くやってくれてありがとよ。荷物は?」
あまりの制圧劇に事前に分かっていたはずの腰を抜かして倒れていた商人の男にカミシロが声をかける。
「は、はい。無事です!」
「悪いんだけど銅人団を呼んできてくれないか」
「わ、分かりました!」
男は返してもらったのだろう荷物を大事そうに抱えながら起き上がる。そのまま小走りでベスパーベイの方に走っていった。私は男と入れ違うようにしてアジトの中に足を踏み入れた。床からは男達の呻き声も聞こえるが起き上がってる様子はない。

カミシロは走り去る男が見えなくなるのを確認すると投げ捨てた刀を拾い上げると腰に収めつつ最後に拳でノックアウトした男の胸倉を掴んで引き起こした。
「お~い。起きろ!あんたはわざわざ拳にしたんだから他よりダメージないだろ!」
カミシロは男をそのまま揺さぶって起こそうとするが頭目の男は完全に伸び上がっていた。
「ダメだ、こりゃ。そんなに強くやってないんだけどな。銅人団来る前に話聞くつもりだったんだけどな」
「その必要はない!」
聞き慣れない声に私が視線を向けるとララフェルの男性と共にムクロの姿があった。ララフェル族は初めて見る男だし、そもそもムクロがなんでここに?

「お、もしかして雇い主?」
カミシロの問いにムクロは頷く形で答える。カミシロも何か気づいていたようだったが私には状況が良く掴めなかった。
「説明」
ムクロの短い言葉にララフェル族の「ヒッ」と小さく悲鳴のような声を上げる。完全にムクロの殺気に圧されて萎縮している状態だった。
「ワ、ワシが全部仕組んだ事です!コイツらを雇ってミードの荷物をすり替えさせた上に悪評を流すように頼みました!」
ララフェル族の男性は誰に向かうでもなく懺悔を始める。おそらくムクロは既に話を聞いているだろうにわざわざ男に再度説明させるとはムクロらしいというか。

男の話を要約するとこうだった。男はウルダハで冒険者相手に装備を売る商人をしていた。男の店はお抱えの職人らがいる程繁盛していた。しかし新興であるミードの勢いが増せば増す程男の店の売上は減少。英雄となるような冒険者が冒険者に合わせて作った装備の質は高くお抱えの職人らでは太刀打ち出来なかった。完全に業種がかぶっている為に避ける事も出来ず男の店の規模は縮小。男を阻害するミードを追い出すべくわざと粗悪品を作りミードの物とすり替えさせて質を下げた上に悪評を流して信頼を落とす事を計画したらしい。野盗達が着ていた装備もその過程で手に入ったミード製の物で彼らがそれを着て悪事を働く事でもミードの評判が落とせると考えたという事だった。
ちなみにムクロは市場に出回っているミードの商品の違和感から直接男を突いて屈服させたらしい。
「でも仕方なかったんじゃ!妻や子供もおるのにどうする事も出来ず、、、」
一通り説明した後ララフェル族の男は銅人団が来るまでの間そう言って年甲斐もなく泣き喚いていた。

「……なるほどね。そんな理由が」
翌日、ウルダハークイックサンド。

私は任されたララフェル族の男の見張りをしながら遠巻きにムクロと赤髪の女性の話に耳を傾けていた。
あれから野盗達は協力者だった男が連れてきた銅人団によって連行されていった。ララフェル族の男性も同様に連行させるのかと思っていた私だったがムクロがそれを制した。
判断を仰ぐというムクロに銅人団は野盗達だけを連れて引き下がった。

それから私、ムクロ、ララフェル族の男、カミシロでウルダハまで移動してウルダハに到着したのが朝型。ムクロから報酬を受け取ったカミシロだけはそのまま帰宅し私とムクロとララフェル族の男でそれからそのままこうしてクイックサンドでテーブルを囲んでいる。

これはウルダハへの道中で聞いた話だけどカミシロの「勘」にはやっぱり裏があった。協力者だった男が入れ替えた荷物は行き先は違えどどれもミードが送った物だったらしい。男に声をかけた時点である程度予想していたらしいが、それを確信したのは入れ替えた荷物を確認した時だったという。そんな勘を信じて行動出来るのだからやはりカミシロは探偵に向いているんだろうと思った。

やがて話を終えた赤髪の女性がこちらに近づいてくる。既にそこにムクロの姿は無かった。
「お待たせしました。マーチャントアドベンチャラーズ社長のチスイです」
ララフェル族の男性の正面に座したチスイはそう自己紹介する。多分偉い人なんだろうとは思っていたけどこの人が社長なんだ。って事はつまり私の上司でもある……のかな?その変の繋がりは私には分からない。
「しゃ、社長!貴女が!」
ララフェル族の男性はそれまでのうなだれていた状態からシャキンと背筋を伸ばして座り直す。椅子の上で正座でもしそうな勢いだ。ララフェル族の男性としても状況をしてミードからより高位の人が来るのは予想していたんだろうけどまさか社長自ら顔を見せるとは思っていなかったらしい。
「今回の経緯などはムクロより話を聞きました。貴方がそうするに至った理由まで」
「申し訳ない。ワシが、ワシが悪かったんじゃ」
ララフェル族の男性はいよいよ正座をしてペコリペコリと頭を下げる。勢い余ってテーブルに頭をぶつけそうである。
「姿勢を崩してください。人目もありますから」
まだ時間も早いとはいえここはクイックサンド。人が集まりやすい場所である事に変わりはない。
「確かにやった事自体は許される事ではないかもしれません。特に貴方が雇った野盗達は商品の入れ替え以外にも盗みを働いていると伺いました、うちの装備を使ってね」
そうなのだ。野盗達が着ていた冒険者風の装備。あれは全てミード製の装備だったのだ。入れ替えたミード製の製品はララフェル族の男の所で溜め込んだ上でミードの勢いが衰退したのをみて市場に流すつもりだったらしい。だがその一部は野盗達が勝手に拝借して使っていた。男としても目立つから辞めろとは言ったがあくまで利害の一致で協力していた野盗の横暴を完全に制御出来たわけではなかったという事だ。
「ですがこちらが結果的に貴方の仕事を奪ってしまったのも事実です。もし貴方がこれからは真面目にやるというならうちの商品の一部を卸しても良いとボクは考えています」
「「え!?」」
ララフェル族の男に重なるようにして私も思わず驚きの声を上げてしまう。今相対しているのはミードから見ても商売敵。しかも相手は犯罪を犯してまでこちらを潰そうとした相手である。それを許すというだけならともかくそんな救済措置をする理由はない。
「あくまでもうちから卸すのは貴方と貴方の家族が最低限生活出来るレベルの分だけ。この意味は、分かりますよね?」
ムクロはそこまでこの社長に話したらしい。この男が今回行動した根幹にあるのは「家族を守りたい」という思いだった事はここまで来る道中でも散々聞かされた。それをチスイに伝えたのだろう。
「チスイ社長……」
「何かを作って売るという事は図らずとも敵を生んでしまう事がある事はボクも理解しています。これまで散々そんな思いもしてきました。だからこそ回避出来るなら回避したいんですよ」
あくまでも自分本位であるというチスイ。もちろんそれは建前だという事は私にも分かる。
「もちろん今回の噂の後始末はしっかりした上で。野盗の被害にあった行商も多いと聞きます。それが今回の卸しの条件です。どうしますか?」
チスイはあくまでもにこやかに話を進める。そこに上下関係はない。商人と商人として対等に取引の提案をしているのだと少なくとも私はそう感じた。
「それで、それだけで本当に?」
「ええ。うちとしてもうちの製品を並べてくれる場所が増えるならプラスですから」
チスイの言葉に男は目に涙を溜める。男自身もそれを感じ取ったようで必死に目を擦ってから再びチスイの方を向いた。男の顔はすっかり商売人の顔になっていた。
「こちらからもぜひお願いしたい」
「細かい事は今度うちの会社まで来ていただいて決めさせていただきたいと思いますがいかがですか?」
「良いでしょう。近々お伺いいたします」
先程までの雰囲気はどこへやら。テーブルはすっかり商人同士の商談の場となっていた。
「早速戻って予定を確認させていただければと思いますが……」
「ええ。お願いします。ご連絡お待ちしていますね」
お互いに連絡を取り合う事を確認してチスイは本当に男を帰してしまう。男はしっかりとお辞儀をするとここに来るまでとは違う軽い足取りでクイックサンドから出ていった。当然といえば当然だ。何をされても文句を言えない立場にあったはずなのに許されるばかりか結果として取引をする事になったのだから男としてはこれ以上ない成果と言える。味を締めて変な事にならないと良いけど。

「さてっと。ムクロから話は聞いてるよ。今回は協力してくれてありがとう」
同じように男が出ていくのを確認していたらしいチスイが私の方を見る。私はどうすれば良いのか分からず困惑する。そもそも私の立場が分からない。どう接するのが正解なんだろう。結果として私に出来たのは精一杯のお辞儀を返す事しか無かった。
「……ムクロから何も聞いてないんだね。あの娘はいつもそうなんだから」
苦笑いを浮かべるチスイ。私の態度から何かを察したんだろう。
「座ってくれる?ちょっと説明させてほしいんだ」
「は、はい。失礼します」
私は先程まで男が座っていたチスイの向かいの席に腰を下ろした。

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