小英雄の冒険譚・序章~第一幕~

窓から差し込んでいた夕光が無くなってしばらく立つ。既に会社としての仕事時間は終わっているがチスイは長い冒険に出ていて溜まっていた書類に目を通していた。
冒険者としての立場も継続している以上、書類が溜まるのは仕方ないので1人残って片づけるのは日常茶飯事だったが、今日残っているのは別に理由があった。

「それじゃあカルルさんも何も聞いてないんだ?」
チスイはカルルに声をかける。カルルもチスイと同様に待っていてほしいと言われたと、チスイが書類に目を通す隣で待機していた。

「そうですね。ゴブレットビュートでの仕事が終わり次第、来られるとは聞いていますが」
「せめて用件くらい教えてくれていれば良いんだけどね」
チスイは書類から顔を上げながら苦笑いする事しかできなかった。普段なら連絡もなしでやってきているとも話に聞いているのでよっぽどの用事なのだろうという事は察しているのだが、カルルまで残るようにお願いしている事を考えるとその用件は見当もつかなかった。

軽く会話をしながらチスイとカルルが各々作業をしながら待っていると遠くで扉の開く音が聞こえる。どうやら来たようだとチスイは目を通していた書類をまとめてさっと片づけた。
チスイが書類を片づけ終えるのを見計らったかのように先程までの勢いに反してゆっくりと扉が開いた。

「遅くなりました!」
せっかくゆっくり扉を開けたにも関わらず、小さな身体で大きな声をあげて入ってきたのは、いつもの私服とは違う甲冑に身を包んだココンだった。

「今日のお仕事、外回りでしたっけ?」
軽く会釈をして足を進めるココンにカルルがツッコみを入れる。
「そうじゃないけど、ちょっと!」
ココンは下手に誤魔化しながらもチスイの前まで歩み寄る。その後ろに続くようにしてカルルも席を立ち、近づいた。

「今日の用件に関係あるって事かな?」
察したように言うチスイにココンは少し驚いた表情を見せた後、小さく頷いた。
「実は、ミードをしばらくお休みさせてほしいのです!」
「え???」
ココンの迷いのないはっきりとした言葉にチスイよりも先に驚きの声をあげたのはカルルだった。チスイはむしろカルルが驚いた事に驚く。普段あまり感情を出すタイプではないだけに、その反応は意外だった。
「ちょっと待ってください!ココンさん、いきなり何を言い出すんですか!?」

普段には見られない過剰な反応をするカルルにチスイは却って冷静になれた。一方でココンもまた冷静でジッとチスイの方を見ていた。
「お休み、か。訳を聞かせてくれるかな?」
「もっと強くなって色々な土地を見て回りたいと思って」
質問に対しても明確に答えるココン。よほど色々な反応を想定した上でこの場に来ているのが分かる。事前に答えを用意していたんだろう。

ココンの立場はチスイが興した会社、マーチャントアドベンチャラーズ、通称ミードでも少々特殊だ。ミードでチスイを除いて唯一現役の冒険者として冒険者ギルドにも登録している冒険者でもあり、ミードで働く商人でもある。普段は商人として社内でも随一のやり手であり、手が空いた時には冒険者ギルドから近隣で受けられる依頼を受けてこなす。ミードではその冒険者としての経験を生かして商隊の護衛を担う事もある。ミードでも非常に幅広く業務に携わっているのがココンなのである。
冒険者と商人の二足の草鞋を履くココン。それはココン自身が望んだ事で入社する際に取り決めた事でもあった。

元々ミードはチスイが商人をしていたココンの父に惚れ込まれて作られた会社である。ココンの父は自らの商売を畳んでまでミードの発展に尽力し、ココンも自然な流れでミードを手伝うようになった。そんなココンにとっての楽しみはチスイの冒険譚を聞く事であり彼女が冒険者に憧れを抱いたのはチスイによるところが大きい。だからチスイはココンが冒険者になりたいと言った時に止める事ができなかったという経緯もある。

チスイはいつしかこんな日が来るんではないかと予見していた。ココンの積極性はチスイですら驚く事がある。それはまさに冒険者のソレと同様であった。

「社長、私は反対です!」
チスイが思案している間に真っ先に意見を言ったのはカルルだった。厳しい表情をしたままチスイの方を見上げる。
「ココンさんの業務範囲、業績は共に我が社では変わりの利かないものです。数日のお休みというならともかく、、、厳しすぎます」
カルルの言う事はもっともである。商人としても冒険者としてもミードの中でココンが果たしている役割はあまりに大きく、1人ではとてもカバーできる人はいない。そもそもココン自身が望んでいなければ任せられない程の作業量をこなしているのである。特別扱いはされたくない、わがままを言ったからとココンが頑張るうちに、その範囲はあまりにも大きくなってしまっていた。

「聞いてカルルさん、私考えたの!社長だけが自由に離れられる状態は改善した方が良いんじゃないかな?」
ココンは少々オーバーに身振りを加えながら、これも考えていたように疑問を呈する。ココンはカルルが反対する事も想定していた。だからこそチスイと共に残ってもらったのである。

チスイはココンに特に甘い。もちろん厳しい事を言う事もあるが、お願いしたら最終的に断る事はしないでそれを叶える為に行動してしまうのがチスイである。長年の付き合いであるココンはそれを理解しているからこそ、個人の感情ではなく会社の為にと発言してくれるだろうカルルにもは話を通しておく事にしたのだった。
「それは確かにそうかもしれませんが、それを今すぐやれというのはあまりにもおうぼ」
「いや、ココンちゃんの言うとおりだよ」
否定しようとするカルルをチスイが遮った。
「確かに1人でココンちゃんの今の業務を賄える人は今のミードにはいないけど、分割すればなんとかなる。商売の方はウルダハ支社の社員を中心に分割すればいいし、護衛依頼はそれこそ冒険者ギルドに依頼すれば良い。むしろその方がうちの武具を気に入ってくれる人もいるかもしれないしね」
「それはそうかもしれませんが、それだって相応の準備が」
「あ、その心配はないよ!」

カルルの否定に今度はココンが口を挟む。ココンは2枚の紙を取り出すとカルルに手渡した。カルルは不思議そうに紙を受け取ると内容を確認してすぐ動向を広げる。
「1枚目は私が納品を担当してるお店のリストと、既に挨拶回りをしてもらった社員の名前のリスト。もう1枚はウルダハ近郊を拠点にしていて
護衛任務を好んでいる冒険者のリスト。こっちは少なめだけど社長の人脈も合わせれば十分な人数を確保できると思う」
カルルはざっくりとそのリストに目を通すとチスイに渡して見せる。そのリストは見事にまとめられ、分担もそれぞれの社員の無理のないようにお配分されている。ウルダハの社員の事をよく見ているココンだからできる事だろう。

「…………いつから準備していたんですか?」
チスイが確認している間にカルルが問う。
「挨拶回りの方は元々、私が冒険で動けない時の為に、それぞれの担当を分配して手伝ってもらいながら挨拶してもらってて。冒険者の方はこれまで一緒に冒険した人とかギルドで護衛依頼を受けている人を教えてもらったり後は支社に来たお客さんとかからピックアップしたの」
チスイもリストを確認するがそれはしっかりしたもので、冒険者のリストの方にもチスイの見知った名前がチラホラある。知名度的にも安心して任せられる冒険者達である。
「カルルさんどう思う?」
チスイは渡された紙から顔をあげてカルルの方を見る。
チスイの中での返事はもう決まっていた。ただミードとして実務を取り仕切っているカルルの意見を無碍には出来ないのも事実なので確認を入れた。

「ここまで用意周到にされてしまったら私からは何も言えないですね。呆れたものです」
苦笑いをしやれやれと手を広げてみせるカルルにチスイも苦笑いで返すしかない。ココンの用意周到さに圧倒された形である。チスイも大きく頷くと改めてココンの方を見直す。
「分かった。ココンちゃん行っておいで。でもくれぐれも気をつけるんだよ?」

「わーい。ありがと!ちぃたん!」
ここまで真剣な表情だったココンの表情が一気に緩む。諸手をあげて喜ぶとその口調はすっかり素に戻っていた。
「コホン……」
カルルさんの咳払いでピタッと止まり我に返ったココン。余程嬉しかったのだろ。両手を下ろしてもその表情はどこか緩んでいた。

「それでいつ出発するんですか?」
「1度ゴブの支社に戻って明日みんなに伝えたら出発するよ!」
「明日ですか、本当に急ですね」
ここまで準備を進めていたココンの事だ。本当はもっと前から冒険に出たいという思いがあったんっだろうとチスイは思わず微笑んだ。
「じゃあ出発の準備もしたいから、ここで!2人ともありがとう!」
ココンはいてもたってもいられないという気持ちを体現したように足早に社長室をドタドタと出ていった。

「大丈夫ですかね?」
カルルは部屋を出て行ったココンの背中を追いかけたままに呟く。ココンの事はある程度把握しているつもりのカルルであったが、それはあくまでもミードの社員としての顔である。冒険者ではないカルルにとってはココンの実力は未知数のものであった。
「よっぽどの事がない限り大丈夫だと思うけどね」
チスイはココンの実力は把握している。その実力からウルダハ近郊を冒険するだけでは物足りなくなるだろう事も予想出来る程に。
「あの様子ですから大丈夫だとは思いますが、明日にでもゴブの支社に行ってみますね」
「そうだね、よろしくお願いします」
チスイはカルルにココンが用意していた紙を渡すと席を立った。

ミードを出たココンはすぐにテレポートの詠唱を唱えてゴブの支社に戻った。明日の朝にはみんなに挨拶をして出発するつもりだった。
「ニシシシシ」
ココンは思わず声をあげて笑ってしまう。ココンに出来る万全の準備をした上で挑んだとはいえ、ここまで上手くいくとは思っていなかったのである。
「これで色々な子を探しにいけるですね」
すっかり気が抜けて声に出しながら歩くココン。ココンが冒険に出たいと思った理由は単純に冒険に取り付かれただけではなかった。チスイが冒険から帰ってくる度に連れてくる様々な動物達。それがココンの目的である。

「明日から、頑張るですよー」
ココンは1人声て奮起を誓うのだった。

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