「ん~~~~!」
今でも慣れない書類仕事にひと段落を付けて大きく伸びをする。武器や道具を持っている時の方が気が楽なのは確かだけれど、こういう事もやれる範囲でやってくれとカルルさん始め社員達に厳命されているので仕方ない。
そうでなくてもボクに回ってくる書類の数をできるだけ減らそうとしてくれている事も知っているので、やらないわけにもいかないんだけど。
「ちぃた~ん!終わった?」
すっかりプライベートモードのココンちゃんから名を呼ばれて顔を向ける。来客用のソファーには社員の1人、ココンちゃんが「聞きたい事があるから」とボクの書類仕事が終わるのを待っていた。
仕事の時は「社長」って呼び分けるんだから器用な子だ。プライベートな呼び方をするという事は聞きたい事があるというのはプライベートな内容だと言う事だろうか。
昔はよく冒険譚を聞かせてとせがまれたけど社員になって自分も冒険者になってからはそういう機会もめっきり無くなっていったから少し懐かしい感じもする。
「お待たせ。ようやく片づいたよ」
「お疲れ様です!」
ボクはココンちゃんが座るソファーの向かいに移動しながら尋ねる。
「それで聞きたい事って何かな?」
「ちぃたんって戦う時色々な武器を使うじゃないですか?あれってなんでなのかなと思って」
ココンちゃんは言葉を選ぶようにしながら質問をするその仕草は昔のままだ。
「どうしてそれを?」
「私の知っている限りでも、黒魔導師、学者、暗黒騎士、戦士と武器を持ちかえて戦っていると思うんです。でもいざ私も冒険に出るようになってみたらそういう人ってあまりいなくて……それにちぃたんの話を聞くとそれぞれの地域や場所で使っている武器が違うような印象があって……それで気になったんです!」
ココンちゃんの動機は至極単純だ。気になったから知りたい。それだけのようにも思えるが、まだ本音を言っていない気がした。
「本当にそれだけ?」
「うっ……ちぃたん、鋭すぎです」
ココンちゃんはボクの踏み込みに気まずそうな顔をする。やはり何か他にも理由があるらしい。
「私はウルダハで育って、身近だからと剣と盾を取ってちぃたんにも教わって今も剣で戦ってますけど、私もちぃたんみたいに色々な武器を使えた方がいいのかなって考えてて」
「なるほどね」
ココンちゃんにとっては冒険者としてイメージする最もな対象はボクだろう。幼い頃から知っていて長い時間を共に過ごしてきたからこそ、ココンちゃんにとってボクが1つの基準だった。
でも実際に冒険者になってみたらそれはあまり一般的ではない事を知って驚いて悩んでいる。そんな感じなのかな。
「そういえばココンちゃんにもなんでその武器を使うようになったかって話した事なかったかもね」
幼い頃にココンちゃんにせがまれる話はいつも冒険の内容が中心でそこまで深く突っ込まれた事もなかったから特に考えもしないで話していたと記憶している。確かに思い返してみれば話として聞くにはあまりにもバラバラだ。
「それじゃあ順にボクがその武器を持つようになった理由でも話していこうか」
「お願いします!」
もしかしたら話を聞かせてもらえないのではと思っていたのか曇っていたココンちゃんの顔が一気に晴れる。表情に出やすいのは相変わらずかな。
「ココンちゃんにはボクが冒険を始めるきっかけになった話はした事があったよね?」
「うん。エオルゼアに来て助けられて弓を渡されたって話!あれ?」
自分で答えて自分で首を傾げるココンちゃん。
「でもちぃたん、今は弓を使わないですよね?ちぃたんにあまり弓のイメージないです」
「一応使うんだけどね、利用頻度は高くないかな」
そう答えながらボクは順に振り返り始めた。
ボクは弓を持って冒険を始めたわけだけど、最初の頃は何も問題なかったんだよね。
弓術士ギルドに出入りして弓の扱いにも徐々に慣れてきて、黒衣森を冒険してた。功績をあげてカヌエ様に認められてウルダハやリムサ・ロミンサに出入りするようになってからもしばらくは弓で冒険を続けていたんだ。
各都市に出入りするようになってボクは弓術士ギルド以外にもギルドがある事を知ったんだ。グリダニアには、弓術士ギルド以外にも幻術士ギルドと槍術士ギルドがあったのは知っていたけど、その他にもリムサには斧術士ギルドと巴術士ギルドが、ウルダハには拳術士ギルドと呪術士ギルド、それとココンちゃんが出入りする剣術士ギルドがあるよね。
それを知った頃のボクは既に弓術士ギルドのマスター、ルシアヌさんの推薦で冒険者ギルドから他ギルドへの出入りを認められていたけど、ボクは採集系のギルドと製作系のギルドにはすぐに加入したけど戦う為のギルドにはしてなかったんだよね。
もちろん、製作系のギルドそれぞれで受ける学びの時間が必要だったのもあったけど、当時のボクはまだそこまで冒険に熱心じゃなくて、最低限戦えればと思っていたんだ。
でも冒険者としても功績をあげていたから受ける依頼がどんどん難しくなっていってね。
そんなハンパな状態で挑めるものじゃ無くなっていったんだ。
それでも冒険者は信用が命。なんとか依頼をこなそうと懸命に戦ってた。でも正直自分の弓じゃ通用しないのでは?といつも怯えていたよね。
でもそんな時、冒険者ギルドからの依頼で他の冒険者と一緒に冒険する機会に恵まれたんだ。もちろんそれまでもなかったわけじゃないんだけどね。
その依頼でボクは完全に足手まといになってしまったんだ。依頼自体は他の冒険者の力でちゃんとこなせたけど正直完全に自信を無くしてた。
そんな様子を見ていたからかな、その時同行した冒険者の1人が話を聞いてくれたんだ。
それで話をしているうちに、他の武器を試したらどうかって事になった。
それでその人の出身地だったウルダハにある呪術士ギルドを勧められたんだ。
恥ずかしい話、当時のボクは逃げ出すようにして呪術士ギルドに入ったと言ってもいいと思う。
でもそれが転機だったんだよね。
説明を受けて初めて魔法を唱えてみたらいとも簡単に出来てしまったんだ。
呪術士ギルドでも驚かれたよ。幸い冒険者として加入には何も問題なかったからボクはそのまま呪術士ギルドに出入りするようになったんだ。
もちろん最初は受ける依頼のレベルを下げて少しずつ経験を積んでいった。でもなんとかしなきゃって懸命になりすぎてた弓を握った時と違って、職人としても少しは仕事を貰えるようになってたから心に余裕があったんだよね。
あっという間に呪術士としての基本を身につけて偶然の出会いから黒魔導士にもなったんだ。
それからの冒険は長く杖を手にして行っていたかな。
「それでちぃたん、私と出会った頃は杖を武器にしていたんですね」
「よく覚えているね。その通りだよ」
確かにココンちゃんに出会った頃はまだ黒魔導士として杖しか握っていなかった。何より次に覚える事になる学者の原点となるべき巴術士になったのが、ある意味でココンちゃんと出会った事がきっかけにもなっているのだから間違いない。
もちろんまだ幼かったココンちゃんは覚えていないのだろうけど。
「それで次は……」
「その次はね、学者になったんだよ」
やはり覚えていないようでボクは答えながらその頃の事を思いだす。
それはちょうど、イシュガルドの動乱の後、竜詩戦争終結に向けて邪竜の影となったエスティニアンを探している時だった。
ボクはその間も、冒険者として、そして職人として活動して生計を立てながら情報が入るのを待っていたんだ。
その頃には黒魔導師として名が知れていたし、同時に職人としても多くの仕事を貰えるようになっていたから、待っていると言っても大変な時期だったんだ。あまりの仕事の多さにせっかくの指名の依頼を断る事が必要な程だったんだ。
もちろんその頃には冒険者としての自覚もあったし冒険を楽しんでいた部分もあるけど、やっぱり職人としての仕事を断らないといけないのが辛かった。なんだかんだいってボクの心は職人なんだよね。
そんな頃に、ココンちゃんのお父さんに出会ったんだ。
出会ったのは冒険者としての依頼だった。依頼内容は商取引の護衛任務でその依頼を出したのがココンちゃんのお父さんだったんだよね。
ボクは指定の場所でお父さんと合流したんだけど、その場所に届くはずというその商取引で使う商品が時間を過ぎても来なかったんだよね。
ボクはその当時、冒険の際も最低限の道具は持ち歩くようにしていたからその場で必要な物を作って渡したんだ。
冒険者だと思っていたお父さんは驚いていたけど、それ以上にボクの作った物の出来の良さに驚いていたよね。なんとかその時の取引を成功させたお父さんはボクにこれからもボクの作る物を取り扱いたいって言ってきたんだ。
職人としてのボクにとってはありがたい申し出だったけど、同時にキャパを越えかかっていたのも事実。ボクは始め定期的に納品するのは難しいって断ったんだよね。
でもお父さんの依頼をきっかけの1つにしてボクはある決断をしたんだ。それまでボクは冒険や製作の合間に作った物を売りに出したりして生計を立てていたわけだけど代行を立てられる部分は立てようって決めたんだ。
それで作ったのが今の会社。
そしてボクはココンちゃんのお父さんに入社して支えてほしいってお願いしたんだよね。
お父さんは快諾してくれてボクの作った物の流通を取り仕切ってくれるようになった。商人としての実績はもちろんココンちゃんのお父さんの方が何倍も上手でボクは任せられる仕事のお陰で空いた時間でお父さんに経営についても学んでいたんだ。
でもお互いすれ違いも多くてなかなか上手くいかなくてね。それでお父さんの提案でメルヴァン税関公社が運営してた巴術ギルドに出入りするようになったんだよ。
もちろん冒険者としての登録だった事もあって冒険にも転用するようになった。幸い黒魔法でもそうだったように魔法に関してはそこまで難しくなく習得出来てね。
それからは必要に応じて学者としても冒険に赴くようになったんだ。
「ちぃたんらしい理由ですね。まさかミードの為だったなんて思いませんでした」
ココンちゃんは納得はしつつも他ではあまり聞かないだろう理由にひどく感心していた。
ココンちゃんの事だから仲の良い冒険者仲間にもそれとなく理由を聞いているんだろうけど、こんな理由を持っているのは絶対に少数派だろうなと思う。
「これで、黒魔導士、学者ですよね?次は戦士ですか?」
「ううん、次に覚えたのは両手剣、暗黒騎士かな」
ギルドで学ぶと考えるならココンちゃんの考えは妥当だけど、答えは残念ながら違う。
「両手剣……不思議だったんですけど、三都市のギルドではないですよね?」
「そうだね。一応形としては剣術からの派生ではあるのだけど」
この出会いはまさに偶然だったとボクですら思う。
そして出会わなければ今ボクはここにいなかったのではないかとさえ思う。
今にして思えばあの頃のボクは爆発する寸前だったのだと思う。
英雄などと言われて持ち上げられ数々の依頼を寄せられていると同時に職人としての仕事もかなり忙しくなっていたんだ。
この会社がなかったらと思うとゾッとするくらいに忙しかった。それ自体は喜ばしい事でもあるのだけど、それは乗り切った今だから言える事。 当時はどんどん疲弊していったんだよね。 でも同時に探究心の塊みたいにもなってた。 これは巴術を学んだ時に知った事だったんだけど、それぞれの戦い方について知る事でより良い物を作れるようになってたんだよね。だから各都市のギルドにも少しずつ顔を出して基礎を学んでそれを製作に生かす。 そんな事までやっていたんだ。
そんな時にとある冒険者ギルドからの依頼でドラヴァニア雲海に少しの間滞在する事になったんだ。その時も冒険者ギルドから共同で依頼を受けた人が居たんだけど、その人が両手剣で戦ってたんだよね。もちろんそんな技はボク知らなくて……ある種知識に飢えていたちぃは依頼の合間に教えをこいたんだよ。
暗黒騎士は自分の内の闇を魔力に変換して戦う。 ちょうどある種の闇を抱えていたボクにはうってつけだったというのもあった。 幸い魔力の扱いはそれなりに行ってきていたからその依頼の間には基本的な事は身につけられたんだ。 そこからの発展は我流に近い物があったけど、幸いにも冒険で使えるレベルにまでは持っていく事ができた。
「なるほど……」
「ちなみにココンちゃんに剣の手ほどきが出来たのもこの頃に入っていた剣術士ギルドでの手ほどきと両手剣での扱いに慣れていたからだよ」
ギルドで習うのとはまた違った形での両手剣での戦い方は簡単に説明できるものではない。それにまだその力の源が「心の闇」である以上、ココンちゃんにはある種遠い存在なのだ。
だからこそココンちゃんに剣を教えてほしいと言われた時には、片手剣と楯を扱う剣術士としての道を説いた。その方がココンちゃんに向いているとも思っての事だったし事実ココンちゃんは片手剣に限れば今じゃボクを凌ぐ勢いで成長している。
仮に向かいあう事になったら勝てないだろうなとは思いつつ、それを伝えはしないのであった
「そして最後が斧…………ですか」
「そうだね。今では使う機会も多いけどしっかりと覚えたのは実は最後だったりするんだよ」
今では冒険にいくとなると大体両手剣か斧を持ち出す事が多い。それはその時々、共に冒険するメンバーに合わせて変更しているのだから偶然なのだけれど、自然とそうなっていったと言える。
「斧はギルドで習ったんですよね?」
「もちろん。さっきも話したように基礎は既に斧術士ギルドに入って学んでいたよ」
とは言っても片っ端から入門していた頃はあくまでも製作の為であって、他の武器と同じく本格的に冒険に使うつもりはなかった。
本格的に斧を使おうと思ったのは、今いるこの社屋を建てる事になってからかな。それまではリンクパールとかを上手く使って特定の拠点は持たずに冒険者と職人の仕事を両立していたのだけど、やっぱりそれだと都合の悪い事も多くてね。幸い会社のお金に余裕が出来た頃だったから思い切って大きめの社屋を買う事になったんだ。
その場所を決める時は流通などを考えてリムサ・ロミンサになった。ボクの冒険者としての仲介元でもあったからうちの会社は黒渦団のフリーカンパニーとしても登録していたからね。その方が都合が良かったんだ。
その頃になると職人としては相変わらず忙しかったけど冒険者としてはある程度落ち着いていた部分もあって、少しゆっくりした時間を取れるようになっていたんだ。
流石にしっかりした社屋を構えるからにはボクも冒険の拠点をリムサ・ロミンサに据えて、それまでの各地を飛び回る形からリムサ・ロミンサから向かって、リムサ・ロミンサに帰ってくるって形に変わった。
もちろん依頼で不在の事もあったけど当然リムサ・ロミンサで過ごす時間が増えていったんだ。
そしたらゆとりのある時間を使って本格的に学びたくなってね……中途半端になっていた斧術ギルドへの出入りの機会も増えていったんだよ。
今まで基本は魔力を使った戦い方をしていたから斧術での体験はそれまでにない物だった。
素振りで鼻に傷を作っちゃうくらいに下手だったよね。
「冒険でも余裕がある依頼の時は斧を持ち出すようになって……それで斧も良く使うようになったんだ」
「なるほど……あれ?」
さらっと話を終わらせようとしたのにココンちゃんは何かに気付いたように首を傾げる。
「今の斧のお話だけ理由がないですよ?リムサ・ロミンサにいるからってだけなんですか?」
相変わらずココンちゃんは鋭い。 ボクは思わずココンちゃんから視線を避けていた。
「あれぇ?ちぃたん?何か隠してませんか?」
わざとらしく口調を子供っぽくするココンちゃん。 ココンちゃんは話の初めにボクがココンちゃんにしたように核心を突いてくる。 ボクにとってココンちゃんが分かりやすいように、ココンちゃんにとってもボクは分かりやすいらしい。
「ココンちゃんには敵わないね。他の人には内緒だよ?」
「はい!大丈夫です!私、口固いので!」
自信満々に答えるココンちゃんだけど、お喋り好きなココンちゃんの事だ。思わぬ拍子に飛びださないとも限らない。でも、ここまできたら覚悟を決めるしかないかな。
「最初にも少し話したけど、ボクに弓を持たせた人、覚えてる?」
「はい。ララフェルのおじ様だったと!」
「その人がね……斧を使ってたんだよ」