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小英雄の冒険譚・序章~第二幕~

慣れない雪を踏みしめて緑の髪を揺らしながらココンは足を進めていた。
グリダニア経由でクルザス中央高地に入ったココンはアドネール占星台を経由して、キャンプドラゴンヘッドに向かって伸びるハルドラス騎道を登る。ただでさえ高低差のある道は雪に慣れないココンにとっては見た目以上に体力を使う道だった。

雪に覆われた都市国家イシュガルド、それがココンの目的地である。
かつてはドラゴン族との戦いに集中すべく門戸を閉ざしていたイシュガルドだが、それも少し前までの話。今ではエオルゼア都市軍事同盟にも復帰しその門戸はある程度開いている。完全に自由にというわけにはいかないが冒険者であれば無碍に扱われる事もないくらいには安定しているとココンも耳にしている。だからこそココンは旅の最初の目的地にイシュガルド方面を選んだ。

ココンはキャンプ・ドラゴンヘッドでエーテライトの交感だけ済ませてキャンプ・ドラゴンヘッドを抜けるとイシュガルドの入り口、大審門へとさらに足を進める。寒さこそ感じれど、平穏無事に大審門まで辿り着いた。

衛兵が警備する中、閑散とした石造りの門を潜っていくと雲廊と大審門とを区切る本当の意味での門の前に立つ衛兵のマルスランに歩み寄った。
「何か御用かな?」
「入国手続きをお願いします!」
「……貴公は冒険者と見受けるが相違ないか?」
「そうですけど……?」
不可思議な質問にココンは首を傾げながら答える。マルスランの質問の意図が汲み取れなかった。
「冒険者ギルドには通達をしたはずなのだが聞いておらぬのだな?現在一時的に冒険者の入国を制限しているのだ」
「なんですとー!!」
ココンはあまりの驚きに大きな声を上げてしまった。あまりの大きな声に大審門を警備する神殿騎士達の視線が集まる。
ココンは集まった視線を確認するように周囲を見渡す。言われてみればイシュガルド唯一の入り口であるはずの大審門に衛兵以外の人影がなかった。
「どういう事なのですか?」
「少し前にイシュガルドのとある区画の復興が始まったんだがな。外部からも広く職人を募った所、職人としての技量を持つ冒険者を中心に想定以上に集まってしまってな。あまりにも多いので一時的に都市への出入りの基準を引き上げたのだ」

「そんなぁ」
ココンは大きく落胆する。全く持って幸先が悪いとはこの事である。
しかしここで諦めるココンではない。旅に想定外の事が起こるのは当たり前である事はココンもよく分かっている。
「その入国制限はいつ頃解除されるんでしょうか?」
「どうかな。議会の決める事だからはっきりした事は言えないが」
今日明日、という事であれば待っているという選択も考えたココンであったが、期間が不明瞭と言われてしまうと待つという事はできない。
ココンは頭を抱えて考え込む。なにか、なにか方法はないだろうか……。

不意にココンが顔をあげてマルスランを見上げる。何かを思いついたという顔を見せるココンにマルスランが首を傾げた。
「先程、冒険者の入国を制限しているとおっしゃいましたけど、それは冒険者以外の制限はしていないという事ですか?」
「……その通りだ」
ココンの質問にマルスランはハッとした。確かに入国制限の対象は大挙して押し寄せてきた冒険者を主な対象としている。商人や復興区画で働いてくれる生粋の職人など立場を証明できるのであれば入国は可能だ。
マルスランとしてはそこまでを意図して説明したつもりはなく、ただ冒険者の入国を制限というルールを伝えただけのつもりであった。そんな言葉の言外から指摘されるとは思わなかったのである。
「当たり前だが偽装はダメだぞ?」
「分かりました!ありがとうございます!」
ココンはマルスランにお辞儀をすると少し離れてからテレポの詠唱を行った。

詠唱が終わってココンが目を開けると見慣れた光景が広がるウルダハ・ゴブレットビュート内にあるミードの支社、ココンの本拠地とも言える場所である。
行きはそこそこの距離を歩いたというのに、帰りはあっという間である。幸いキャンプ・ドラゴンヘッドのエーテライトと交感は済ませる事ができたので次に行く時はもう少し楽ではあるが。

「いらっしゃ、え?」
ココンが見慣れた庭をかけて社屋に入ると受付に立つミード社員も驚いた。ミードを休んで冒険に出ると聞いた時も驚いたがまさかこんなに早く再会する事になるとは考えてもいなかった。
「どうしたの?」
「ちょっと忘れ物を取りに!」
ココンは答えながらも足を止める事なく、事務所の方に入っていく。他の者に気を止める事もなく、事務所内にある自分用に割り当てられたデスクに向かうとゴソゴソと何かを探しだす。

「あった!」
ココンが探していたのはミードの社員証である。
ミードは元々英雄と呼ばれ様々なパイプを持つチスイのバックアップという側面から生まれた。そのためこの社員証は言ってしまえば「チスイの代行証明書」にもなるわけで必要に応じて提示するようにと言われている。
ココンとしては冒険者として虎の威を狩る狐にはなりたくないので乱用はしたくないが同時にケースバイケースで使う必要があるなら使うべきとも考えたので取りに戻った。
最初から持って行かなかったあたりがココンのせめてもの抵抗だった。
「捜し物は見つかりましたか?」
ゴブの支社では聞き慣れない、でも聞き慣れた声にココンは顔を上げる。そこには普段はリムサ・ロミンサのミスト・ヴィレッジにある本社にいるはずのカルルの姿があった。

「カルルさん!?どうして???」
ココンは大きく驚く。冒険者にとっては当たり前になりつつあるエーテライト網を使ったテレポはある程度エーテルに耐性がなければ使えない。そしてカルルは使えない側のタイプの人である。当然リムサ・ロミンサあらウルダハまで移動するとなれば船を使ってくるしかない。だからこそよほどの事がない限りテレポを使えるチスイやココンのような者が行き来をする形を取っているのだ。
「ココンさんが準備したと報告をもらった納品担当と護衛依頼の確認にこちらに来たんですよ」
よほどの事を生みだしてしまったのがココン自身だと知ってココンは申し訳なさを覚える。準備したとは言っても結局は負担を与えてしまう事に変わりはないのだと改めて痛感した。

「そういう顔をしないでください。逆に嫌味ですよ?」
カルルの言葉にココンは顔に出ていた事を察してさらに申し訳なさを覚えるが我が儘を言った身としてはどうする事もできない。
「ご、ごめんなさい」
「それで忘れ物って社員証ですか?どちらで使うんです?」
「実は……」
ココンは大審門での出来事をカルルに話した。もちろんカルルはイシュガルドの入国制限については把握していたが、自身が訪れたわけではないのでおおよその事を把握しているだけである。

「なるほど、それでミードの商人としてイシュガルドに入国しようと」
カルルはココンが冒険者として器用に立ち回る事を単純に凄いと考えているので咎めるような事はしない。ただそのまま素通りもさせてくれないのがカルルである。
「それでしたら今度イシュガルドで活動してもらっているうちの契約商人への納品リストの受け渡しをココンさんにお願いしてもいいですか?ちょうど持ってきてますので。担当者にはココンさんが行く旨、お伝えしておきます」
「……分かりました」
カルルは少々まくし立てるように言いながらココンに書簡を手渡す。休みをもらったとはいえ、我が儘を通した引け目もあるのでココンは拒絶する事はできなかった。
「それにしても、ココンさん。よくそのまま移動できますね?」
「そういえば……そうだね」
カルルはココンの服装を上から下まで改めて見渡す。ココンは社員証を取ったらすぐに戻るつもりだったのでイシュガルドの寒さに備えて買ったコートを着たままだった。

社員証とおまけを手に入れてしまったココンはコートに袖を通したままゴブレットビュートのミード支社から出ると邪魔にならない所で再びテレポを唱えた。
「寒っ」
詠唱を終えて再びキャンプ・ドラゴンヘッドに辿り着いたココンは思わず口に出して体をさすった。
最初に移動した時はウルダハからグリダニア、そしてイシュガルドと移動してきた上にグリダニアでコートを購入して備えていった為、そこまでの寒さを感じなかったが、イシュガルドからウルダハ、そして再びイシュガルドと移動すると肌に刺さるような寒さを感じた。

しばらく身体を寒さに慣らした後、ココンは少しでも身体を暖めたいと小走りで大審門に向かった。
大審門はやはり衛兵以外に人がいない。皆入国制限の事を知り別の地に行っているのだろう。
ココンはそんなほぼ無人の大審門に駆け込むと軽く上がった息を整えてからまだ交代していなかったらしいマルスランに歩み寄った。
「貴公は先程の……」
「これなら入れますか?」
ココンはポケットからわざわざ取りに戻ったミードの社員証を取り出してマルスランに見せた。マルスランは見せられた社員証を手に取ると兜の裏で目を見開く。これまでにも何度も見た事のあるそれは信憑性は十分だったがまさか目の前のララフェル族の少女が持ち出してくるとは予想だにしなかった。
「そうか、英雄殿の……。そういう事であればすぐに入国手続きを」
「ありがとうございます!」
ココンは社員証を返してもらうとマルスランの案内で手早く入国手続きを済ませた。

ココンは初めて入国したイシュガルドの地でまず目についたエーテライトとの交感を済ませると何度か警備をする神殿騎士団に場所を聞きながらマーケットを目指した。カルルから託された封書をさっさと渡して役割を全うして解放されたかったのである。

マーケットに辿り着くと向こうから見つけてくれたようで駆け寄ってきた。ココン自身は初めて会うエレゼン族の男性であったがミードの意匠がついた服から彼がイシュガルドの担当者なのだと伝わった。
「おつかれさまです」
「おつかれさま。はい、これが渡してって頼まれたリストね!」
ココンはエレゼン族の男性にリストを手渡す。エレゼン族の男性はしゃがんでそのリストを受け取ると目を通していく。
「確かに受け取りました。ありがとうございます」
確認が終わったリストをしまうエレゼン族の男性にココンは間髪をいれずに話を続ける。
「それでこれは個人的な質問なんだけど、いいかな?」
「私で答えられる事であれば」
ココンはイシュガルド入りしたら現地にいる冒険者に聞いて回ろうと考えていた事をいくつか確認した。入国制限の影響か冒険者の姿が非常に疎らだった事に加えて、エレゼン族の男性から冒険者と近い匂いを感じた為だ。きっとチスイがイシュガルドを冒険する過程で出会ったのだろうと容易に推測できた。

「ありがとー!!」
ココンはひとしきり確認したい事を確認するとエレゼン族の男性に手を振って休む間もなく駆けだした。

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